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畜産と戦争

「畜産は動物を食料にする目的で飼養する行為だけれども、戦争は人間同士の殺し合いだ。全然関係ないよ」とお思いになられるかも知れません。

しかし、大いに関係があります。何故なら、どちらも、人間の残虐性が発露したものであり、同じ根を持っているからです。

ロシアの文豪トルストイは、『この世に屠殺場があるかぎり、戦場はなくならない』と言いました。この名言は、まさに、このことを表現しているのです。

屠殺場に慣れ親しんだ肉食民族が繰り広げた歴史は、殺戮の見本市のような凄惨なものです。

スペインのコンキスタドール(征服者)達のインディオに対する、オーストラリアのアボリジニに対する、アメリカのインディアンに対する、通州事件における中国の日本人に対する、ナチスドイツの他民族に対する、そして、ベトナム戦争における韓国人のベトナム人民に対する残虐行為に思いを致す時、このトルストイの言葉が鋭い説得力を持って迫って来るのです。

意外なことだとお感じになられるでしょうが、街中で遭遇する、「戦争は絶対反対!」「憲法九条を守ろう!」などと絶叫する市民団体も、この屠殺場に慣れ親しんだ肉食民族と同じ類の人々です。なぜなら、このような主張をする人々の殆どが、畜肉を食べ、動物性食品を摂取しているであろうからです。

その人達は、阿修羅像のように多面的な顔を持った偽善者だと言えます。前面の顔では虫も殺さぬフリをして命の大切さを力説し、裏面の顔では、牙を剥いて血の滴る動物を貪り食うのです。まさに、「お前が言うな!」と批判されても仕方がない人々と評することが出来るでしょう。

そのような人々は、本当の平和主義者ではありません。本当の平和主義者は、人間だけでなく、すべての命を尊び、これを守ろうとする人(=ヴィーガン)だからです。

自らの欲望を優先し、他の存在(家畜)の苦しみ、悲しみ、そして痛みに寄り添おうとしない人々、自らの残虐性に向き合う(気付く)ことすら出来ない人々の言葉は、ただ虚しく空気を振るわせるだけで、誰の心にも響くことはありません。

戦争反対や憲法護持の市民運動が、胡散臭いイメージのみを与えて、まったく盛り上がらない真の理由は、この辺りにあるのではないでしょうか。
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プロフィール

トリ足

Author:トリ足
とある県境の山の中に住む、製菓製パン(+ちょっとだけ手芸)を趣味とするヴィーガンです。

鴨、アヒルや鶏が好きです(食材としてではありません。念の為)。

一人でも多くの方に、畜産の残酷さを知って頂くことで、食生活やファッションを見直す切っ掛けになればと願っています。

どうぞ、よろしくお願い致します。

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