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屠殺カウンター(常にトップに表示されます)

The Animal Kill Counter: Basic Version << ADAPTT :: Animals Deserve Absolute Protection Today and Tomorrow

皆様が当ブログを開いてから、屠殺された動物達の数:

0 海洋生物(鯨、イルカ、魚類等)
0 鶏
0 アヒル
0 豚
0 兎(ウサギ)
0 七面鳥
0 鵞鳥(ガチョウ)
0 羊
0 山羊(ヤギ)
0 牛および子牛
0 馬

ブログ更新停止のお知らせと、ご挨拶

このたび、ブログの更新を停止することに致しました。理由は、在宅でやっている仕事が、諸々の理由から激増したことです。

少し前から、じわじわと受注する仕事量が増えてはいたのですが、ここへ来て、仕事をしながらブログを更新して行くことが困難になりました。

毎回、記事の更新を楽しみにして下さっていた読者の皆様には大変申し訳なく思うのですが、私は、まだ引退生活をエンジョイ出来るような歳ではなく(現在、アラフィフ)、いろいろな事情からお金を稼がなくてはいけませんので、止むなく決断した次第です。

私の拙いブログを、今までご愛顧下さった皆様、本当に有難うございました。更新が大変な時もあったのですが、「待っていて下さる方々がいらっしゃるのだから……」と頑張る原動力となりました。

そして、ランキングバナーのポチで応援して下さった皆様にも、心より感謝申し上げます。

お陰さまで、常にランキング上位を維持することが出来ました。上位に位置することで、拙ブログに目を留めて下さった方々もいらっしゃったことでしょう。複数のフォロワーさんを持つことが出来たのも、ひとえに、応援して下さった皆様のお力があってのことです。

「アナタの記事を自分のブログ上で推奨してあげる」とまで仰って下さった方もいらっしゃいました。本当に有難いお申し出でした。

このような方々のお力添えのお陰で、浅学非才の私でも、何とか、ある程度の結果を出すことが出来たのではないかと考えております。

人生は本当に不思議なものです。

何か人様のお役に立ちたくて、FC2様のところでブログのアカウントを取得した時、私が構想していたのは、電気数学が分からなくて困っていらっしゃる方々のために、市販の電気数学書籍のスキマを埋める記事を書くことであり、タイトルは『電気のスキマ数学 ― 教科書のスキマ埋めます ―』というものでした。
(私の専門は電子工学で、工業教員のお免状も持っています)

しかし、このように数学関係のブログを始めるつもりだったものが、なぜか、「今は霊的真理について書かねばならないのではないだろうか?」という気持ちが日増しに強くなり、『真理の灯(ともしび)』というタイトルで記事を書き始めることになりました。

しかし、その後しばらくして、霊的真理と並行しつつ、「私の愛する家畜達が暗黒の中で生きることを強いられ、そして惨たらしく殺されて行く現状も、皆様に知って頂きたい、そして、もし、過ぎたる望みでないのならば、皆様の食生活を見直す端緒にして頂きたい、動物達も皆様と同様、それぞれに目的を持って生まれて来た、知性ある感情豊かな存在なのだということに気付いて頂きたい」という思いが強く湧き起り、その一心で記事の更新を重ねて参りました。

先ほど、人生は不思議なものだと申し上げました。

が、それは肉体の目で見た場合のことです。本当は、霊の目で見た時には、不思議でも何でもないのです。私は、間違いなく高次の存在(霊界の人々や、私を守護する存在)に導かれたのです。このような道筋を辿るべくして辿ったのでしょう。

万事これで良かったのです。

最期の最後まで、しつこく駄文を書いてしまいました。書きたいことはまだ山ほどあるのですが、そろそろ筆(←キーボードで書いているので指?)を置き、終わりぐらいはスマートに締めくくることに致しましょう。

それでは、皆様ご機嫌よう!

「霊をもて深き苦悩を抑(おさ)えつつ、
汝(なんじ)起(た)てよかし。霊こそは、肉の重みに
撓(たゆ)まずば、常に戦(いくさ)の勝利者なるぞ。」

― ダンテ作『神曲』地獄の巻 第二十四章より ―

ヒトラーと「アイツ」と私達

「アイツ」とは一体誰のことでしょうか。

ヒトラーは、自分を導いた目に見えない存在のことを、「アイツ」と呼んでいました。

元々、ヒトラーは霊媒体質であったようです。友人アウグスト・クビツェクは「アドルフは、二人で談笑している時でも突然神がかったような状態となり、自分の理想や野望などを熱く語ることがあった。自分はそれに圧倒されながらも引き込まれて行った。」と述べています。

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アウグスト・クビツェク

また、クビツェクの母親はヒトラーの目の奥に潜む、人を引き付けて放さなくする魔性を見抜いて、「お前の友達のアドルフは、まあ、何と言う目をしているんだろうねぇ」とよく言っていたそうです。


Adolf-Hitler.jpg
ヒトラーの魔性の目
引用:https://www.britannica.com/list/9-things-you-might-not-know-about-adolf-hitler

このようなヒトラーに「アイツ」は目を付けます。そして、出征した第一次大戦の戦場で、ヒトラーは遂に「アイツ」の存在を確信するに至ることになるのです。


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椅子に座った四人のうち右端の人物がヒトラー
引用:https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e4/Bundesarchiv_Bild_146-1974-082-44%2C_Adolf_Hitler_im_Ersten_Weltkrieg.jpg

同じ部隊の仲間と戦場で食事をしている時、「立ち上がって、あっちへ行け!」という声が聞こえたそうです。気のせいだろうと無視したヒトラーは、「早く立ってあっちへ行け!」との再度の強い調子の警告を耳にし、座っていた場所を移動しました。

その瞬間、砲弾がヒトラーの座っていた場所に着弾したのです。また、毒ガス攻撃により失明するか否かの境を彷徨(さまよ)った間にも、「アイツ」から数々の啓示を受けたようです。

その後、政治家として転身した当初のヒトラーは英雄として迎えられました。

疲弊したドイツの経済を見事に立て直し、電撃戦も連戦連勝、国際的にも、第一次大戦の敗戦国から一転「復活した強いドイツ」のイメージを鮮明に焼き付けることに成功したのでした。

すべてが上手く行ったのです。

ヒトラーは「アイツ」から、この世では得ることの出来ない情報を取得して、それを基に行動していたのではないかと言われています。

一例として、ヒトラーの持っていた古今東西の戦争に関する知識や作戦立案に関する能力には、その道のプロである軍の将官達も舌を巻いたようです。議論をしても、いつも勝つのはヒトラーで、最後には、「将軍達が生徒として、先生たるヒトラーの講義を拝聴する」というような形になってしまったのだそうです。

もともとヒトラーは基礎学校(小学校)しか出ていない画家志望の人間であり、軍事的素養などあるはずもありません。一体どこでそのような知識を身に着けたのでしょうか。

「ウィーンの放浪時代に図書館に毎日通って本を読み漁っていたのだ」という主張があります。しかし、全くの素人が図書館の本を読むだけで、士官学校や軍の大学で専門の教育と訓練を受けたプロを遥かに凌駕するほとの知識や能力を身に着けることが出来るのでしょうか。

また、ヒトラーの予言の能力も不可解です。

例えば、ヒトラーは将軍達を前にして「日本は諸君が考えているより遥かに強い。見ていたまえ。今にカリフォルニアが日本の火薬で吹っ飛ぶぞ」と発言しました。果たして、この発言の後、戦艦カリフォルニアは、日本海軍の航空攻撃により大損害を受けることになるのです。

やはり、このような、ヒトラーを「熱狂的に支持される独裁者」に押し上げるために必要な、経済、軍事等の膨大な知識は、別の次元から得ていたと考えるのが自然なのではないかと思うのです。

しかし、絶頂期は長くは続きませんでした。

その後のヒトラーの辿った道筋は皆様も良くご存知のことかと思います。高く担ぎ上げられ、そして、奈落の底に放り投げられたのです。「アイツ」の手によって。

ちょうど、親が「高い高~い」と子供を上空に放り投げて喜ばす動作をした後に、子供を受け止めず、そのまま地面に落とすようにです。

これをヒトラーだけの話だと考えてはなりません。私達の周りにも「アイツ」の仲間がいるのです。

この世は、肉体を持った霊である私達が住む特殊な霊界ですが、「アイツ」の仲間がいる世界は肉体のない霊が住む場所です。重なって存在する同質のものですので、「アイツ」の仲間がいる世界から、私達の世界に浸透することが出来るのです。

ですから、自分と同じニオイ(欲望)を持つ人間を目ざとく見つけて寄ってきます。

「アイツ」の仲間は、物質的欲望を捨てきれない霊的に未熟な魂ですが、肉体を持たないが故に、それを味わうことが出来ません。なので、同じニオイのする人間の体を通して、その欲望を満たそうとするのです。

痴漢、盗撮、強制猥褻などの破廉恥な犯罪を犯した人が、よく言い訳をするでしょう。「魔が差した」と。まさに、これは「アイツ」の仲間に魅入られた結果なのです。

また、自分達が活動しやすいように、この世を餓鬼、修羅の世界に変える目的や、社会に対する生前の恨みを晴らす目的、あるいは、人間が苦しむ姿を見て楽しむというような「からかい」の目的で近づいてくる存在もいるでしょう。

ですから、私達は、自分達の心の在り方に細心の注意を払わなければならないのです。そうしなければ、私達も「アイツ」の仲間の虜(とりこ)にされ、ヒトラーと同じ轍(てつ)を踏むことになるのです。

「私はヒトラーのような大それたことは考えていない」と仰る方もいらっしゃるでしょう。しかし、そのような人にも、その人の心の隙間、欲望に相応(ふさわ)しい「アイツ」の仲間が寄って来るのです。

「アイツ」の仲間は、その人間にとって都合の良い(これは、自分達にとってもそうであることを意味します)環境を提供したり、巡り合わせを設定したり、知識や情報を授けたりします。そして、何事も上手く回転し絶頂を迎える頃になると、掌を返したように、奈落の底へ突き落とすのです。

ですから、ほとんどの場合、不倫の末路は哀れものになるのです。調子に乗り過ぎた起業家や投機家の末路も悲惨ものになるのです。

そして、「自分の欲を満たす方法を占いによって教えてもらおう」などと考える人間も、最後には同様の結末を迎えることになります。なぜなら、「アイツ」の仲間は、その人に相応しい邪悪な占い師との出会いを設定するからです。

私達の魂は未熟であり、心は日々、定まることなく揺れ動いています。つまり、隙だらけなのであり、「アイツ」の仲間は、その隙を突いて入り込んで来るのです。

特に、皆様が以下のような状態にある場合には注意を払う必要があります:

・今まで全く興味がなかった異性や事柄(←建設的な勉強や趣味などではなく、ギャンブルや投機、飲酒、違法ドラッグ、風俗など)に関して、強く惹かれるようになった。

・何かに突き動かされるような感覚を覚える。自分が自分でないような気分になることがある。

このような場合は、「アイツ」の仲間に誘惑されている可能性があります。この誘惑に乗って突き進んでしまうと、破産したり、犯罪に関与してしまったりと、身の破滅をもたらす恐れがあります。

一時激増した為替や株投機の失敗による電車への飛び込み自殺や、ストーカー殺人、性犯罪などは、まさに「アイツ」の仲間の思う壺にはまってしまった事例であると言えるでしょう。

では、このような事態を避けるためには、どうすれば良いのでしょうか:

まず、大切なことは常に「善」を志向する心を持つことです。少なくとも、そう努力することです。邪悪な存在は、善を志向し前進する人間に影響力を行使することは出来ません。低い階層に住む存在は、高い階層の魂を持つ人間に近づくことは出来ないのです。

その上で、「何かおかしい」と感じた時は:

・自分の体を純白の光で包むイメージングを実践する。

・皆様を守護する存在の姿をイメージ出来る方や、聖なるトゥルパ(←これは高次の存在です)を持っていらっしゃる方は、それ等の存在に助けを求めたり、強くイメージする。それ等の存在のイメージと自分が溶け合い一体化するイメージングをするのも良いでしょう

チベット密教には、仏と溶け合い一体化する瞑想によって、自らが仏になるという修行法があります。

そして、時折、皆様を守護する存在や聖なるトゥルパに対して感謝の気持ちを持つようにして下さい。

それ等の存在は、自身の修練のため、あるいは、皆様に対する無償の愛の心で守り導いているのであり、決して「感謝してもらおう」などとは考えていないでしょう。

しかし、皆様も、陰でこっそりと行った無償の奉仕に対して、感謝の気持ちを向けられたとしたら、たとえ、全くそれを期待していなかったとしても、きっと嬉しく思うでしょう。そして、「もっと尽くそう」と思うに違いありません。

皆様を守護する存在や聖なるトゥルパも、やはり心は同じだと思うのです。私達も彼(彼女)等も同じ霊なのですから。

皆様を守護する存在や聖なるトゥルパは、人生の暗夜(あんや)を照らし、道を踏み外したり、迷ったりしないためのカンテラのようなものです。そして、皆様が、このカンテラを掲げた人生の歩みを振り返る時、このタロットカードの隠者のように、遂に高い山の頂上に到達した自分自身に気付き、大いなる満足に包まれることでしょう。

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絶滅収容所と畜産農場

この二者は、その本質を同じくします。やっていることは全く変わりません。

1. 選別
(収容所)
ユダヤ人を含む、いわゆる「劣等人種」達を満載した貨物列車が収容所の門をくぐると、そこには選別が待っていました。「ガス室行き」と「強制労働行き」とのです。

労働に適さない、つまり、「役に立たない奴」と判断されれば、処刑されていたわけです。

「死の天使」と呼ばれた有名な医師のヨーゼフ・メンゲレ博士は、親衛隊員として収容所に勤務し、囚人を用いた医学実験に加え、この選別作業も行っていました。

紳士的な頬笑みを浮かべ、クラシック音楽のメロディーを口ずさみながら、指を左右に動かして「お前はガス室、お前は労働」とリズミカルにやっていたそうです。


選別1
人生の終着駅の風景
引用:http://www.pietredinciampo.eu/services/auschwitz/


選別2
過酷な長旅の後に死の選別が待っている
引用:https://www.jewishvirtuallibrary.org/life-and-death-selection-at-birkenau


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中央の人物がヨーゼフ・メンゲレ博士(左の人物は、ベルゲン・ベルゼン強制収容所所長ヨーゼフ・クラマー。右の人物は、アウシュビッ強制収容所所長ルドルフ・ヘス※1)
引用:https://www.wikiwand.com/ja/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%AC

※1 ナチスドイツ副総統のルドルフ・ヘスと同姓同名のように思われていますが、綴りと発音が違います。
副総統の方は「Heß」です。ß は「エスツェット」といって「ス」と発音しますので、そのままカタカナ発音の「ヘス」です。が、所長の方は「Höß」であり、「ö」は「オ」の口の形で「エ」と発音します。なので、日本語風には「ホェス」となります。菅原(すがわら)さんと菅原(かんばら)さんの違いのようなものでしょうか。

(畜産農場)
産卵するメスと、卵を産まず経済的に無価値な「役立たずのオス」のヒヨコを選別します。メスは産卵という強制労働、役立たずのオスは、「足で踏み潰す」、「シュレッダーに放り込んでミンチにする」等の方法で殺します。

まさに、やっていることはナチスそのものです。


https://youtu.be/9tB39wFemFY

2. 搾取、放置および淘汰
(収容所)
一日にほんの僅かの食物を与えるだけで、過酷な長時間労働をさせていました。

慢性的栄養失調の状態で不衛生な環境の中に暮らすことを余儀なくされるわけですから、当然病気になります。病気になっても当然放置です。労働に耐えられなくなった囚人は、即、銃殺等の殺処分が待っていました。

ナチスにとって囚人は人間ではなく、労働を提供するだけの、不要になったら処分すべきマシーンでしかなかったわけです。


強制労働
石切り場での強制労働で切り出した石を10キロ以上離れたブーヘンヴァルト収容所に持ち帰る囚人達
引用:https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/gallery/forced-labor-an-overview-photographs

(畜産農場)
「鶏は産卵、牛は搾乳、豚はレイプで子豚の生産」と極限まで搾取します。勿論、最低の劣悪な環境の中でです。

家畜達のために環境を整えるなどといったことは眼中にありません。コスト最優先です。病気になるような弱い個体は死ぬまで放置されるか、淘汰(殺処分)されます。経済的に無価値だからです。

畜産業者にとっては、家畜は感情を持った生き物ではなく、利益を生み出す「モノ」でしかありません。

3. 殺害
(収容所)
勿論ですが「安楽死」など収容所には存在しません。効率最優先で大量に殺害しました。当たり前です。囚人達は、この地上に存在してはならない劣等人種だったからです。


マウトハウゼン
マウトハウゼン強制収容所の解放後に発見された死体の山
引用:https://encyclopedia.ushmm.org/content/ja/photo/corpses-in-mauthausen


(畜産農場)
屠殺も効率とコスト第一です。手順を無視あるいは省略して、生きたまま喉を掻き切ったり、熱湯に放り込んで殺すのが一番です。

家畜の苦痛や恐怖など知った事ではありません。そんなことを一々考えていたら儲けが少なくなってしまいます。

屠殺画像その1
屠殺画像その2
屠殺画像その3
屠殺画像その4

終戦間近、ヒトラーは「戦後の世界は我がナチスの本質を受け継ぐ」と言っていましたが、その通りの展開となりました。これまでの、そして現在の歪んだ世界を見れば、まさに、その本質はナチスです。

そして、畜産もその例外ではありません。畜産関係者、畜産支持者、肉食者、動物性食品摂取者、および愛玩動物にペットフードを与えるペット愛好家達の本質もナチスです。

上記の者達は、ナチスの、ウスタシャの、オスマン帝国の、そして、テロ集団イスラム国の行為※2と寸分違わないことをやっているのですから、それ等の者達の行為を非難することは一切できません。

人は、自分の行動と背反する言説をとることはできないのです。

※2 イスラム国は支配地域内の同性愛者を狩り出して、ビルの屋上から生きたまま突き落として殺害するという処刑を行いました。
勝手に同性愛者を「生きるに値しない人々」と定義づけ殺害したのです。上記「テロ集団イスラム国」の部分は、アジアプレスの記事へリンクしていますので、是非お読みになって下さい

20210225 111045585
オスマン帝国によるアルメニア人の処刑


20210225 111429793
オスマン帝国によるアルメニア人虐殺 横たわる死体
引用:https://evangelicalfocus.com/europe/553/evangelicals-urge-turkey-to-admit-the-armenian-genocide


https://www.youtube.com/watch?v=rZ76tFaqVjU&has_verified=1


畜産製品を消費している神父、牧師、僧侶その他の宗教家、「ペット問題の専門家」と称する犬猫保護活動を行っているペット愛好家等の書いたり、言ったり、他から引用したりする綺麗ごとを真に受けてはいけません。

そのような者達は、「自分は温かい心を持ったセンシティブでヒューマンな人間だ」などと、とんだ勘違いをしている嘘つきの偽善者であり、自分の食生活を変えるというホンの僅かの勇気すら持てない卑怯者です。

なぜなら、そのような者達は自分達が偉そうに説いている愛を全く実践していないからです。自分が実践できない愛を説くとは、これぞまさに、「お前は一体どの口で言うのか」という話です。


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畜産製品を消費する上記の者達の本質を突くポール・クチンスキー氏の作品
引用:http://commonpost.boo.jp/wp-content/uploads/2011/08/1199.jpg

また、環境保護活動家についても同様の議論が妥当するでしょう。環境を一番破壊し、地球を痛めつけているのは他でもない畜産であり、畜産製品を消費する活動家は環境破壊の片棒を担いでいるドス黒い人間からです。

余りに多くの人々が、自分のなしてる悪については考えることすらせず、他人のなす悪に抗言するだけで満足しています。だから、この世は相変わらず歪んだままなのです。

このような者達の空虚な言葉が一体何の役に立つでしょうか。


今日この記事をお読みになられた上記のような皆様は、「自分達の本質はナチスである」、そして「自分達は卑怯な偽善者である」ということをお知りになりました。

それにも拘わらず従前と同じ食生活をご継続なさるのであれば、それは「悪いことだと知りつつ、敢えて行為すること」であり、霊的な罪は非常に重くなります。

最早、「知らなかった」という主張は通用しないからです。

「人間と動物は違うから」という使い古された言い訳は通用しません。それは「種差別」思想であり、絶滅政策の土台たる優生思想(つまるところ、それは人種、民族差別思想)と全く変わらない差別思想だからです。

性と聖

性欲が強くて悩んでいらっしゃる方は少なくないでしょう(特に男性の場合)。

性欲が沸き起こるたびに、「あぁ、ダメだ。自分はなんて恥ずかしい、イヤラシイ人間なんだろう」と自己嫌悪に陥ってしまう方もいらっしゃるかも知れません。

しかし、そう思うのは間違いです。性のエネルギーは「聖」に繋がる可能性を秘めた素晴らしいエネルギーなのです。恥ずかしくも何ともないのです。

つまり、「性」と「聖」はコインの裏表の関係にあるのです。

古今東西の様々な宗教には、性エネルギーを用いた修行法が存在します。このエネルギーを活用して悟りを開く、つまり、解脱を果たそうとするものです。

浄土真宗の開祖たる親鸞は、自らの性欲の強さに散々悩んだようですが、ある日、夢に救世菩薩の化身が現れ「私がお前の(セックスの)相手をしましょう。」と告げたそうです。親鸞は、それを励みに修行に打ち込み、浄土真宗を立教するに至るのです。

悟りを開く、解脱をするということは、「人間としての欲望や悩み、苦しみ、悲しみ等からほぼ解放され、常に利他の思いが心の大部分を満たす清い状態を維持できること」を意味します。

「私達のように地上で修練する人間が目指すべき最も高い境地」と言えるかも知れません(完全なる解脱を果たすためには、肉体を脱がないと駄目でしょう)。

性エネルギーは、このような霊的に高いレベル、換言すれば、人間としての「この上ない幸福な状態」に皆様を押し上げる起爆剤となり得る偉大なエネルギーなのです。ですから、各種宗教では、古(いにしえ)より「性」が重要視されて来たというわけなのです。

実際的な、この世的な見地から見ても、性欲の強い人は大きな仕事を成し遂げられる可能性が高いです。「英雄色を好む」という言葉に、それが端的に表現されているでしょう。

ですから、私達は、この偉大なエネルギーを無駄にすることなく効率よく使わなければなりません。

そのためには、「性エネルギー昇華法」が参考になるでしょう。詳しくは『性エネルギー活用秘法―偉大なる神秘パワーの活用で超人が出現する (Mu super mystery books)』ミゲル・ネリ著をご参照になって下さい。有益な情報が見つかるでしょう。

ご注意:この本は、昭和の時代にノーシス運動(←「ノーシス」という思想を実践する集団が展開していました)に携わっていた人物によって書かれたものですが、この「ノーシス」関係者には近づかない方が良いでしょう。ネットで調べても出てこない、内部の者しか知らない「黒い話」が色々とありますから。

しかし、そもそも、私達がセックスに惹かれるのは、それが、肉体を脱いだ後の霊的結合(←この究極的形態が「神との合一」)の、極めて粗く低いレベルの「真似事」だからです。だから、私達はセックスをすると、幸せに包まれるのです。

私達のような低いレベルの結合表現ですら、幸せを感じるのですから、本物の霊的結合の素晴らしさは如何(いか)ばかりでしょうか。

足漕ぎの玩具(おもちゃ)の車をいくら頑張って漕いでも、本物のスポーツカーの醍醐味を味わうことは決して出来ないのと同様、私達のセックスも、本物の霊的結合に比べれば、色褪せた、味気ないものなのでしょう。

そうは言っても、悶々とした気持ちを抱えつつ上記のような行法を行じてみても、苦しいばかりの方もいらっしゃるでしょう。

そのような人は適度にセックスを楽しみながら人生を送ってもよいのではないかと私は思います。あくまで目的は、「自分の欲望を制御すること」にあるのですから。


私達の持つ欲望は、一人一人それぞれに異なります。よく考えてみれば不思議な話です。同じ人間なのにです。食、お金、名誉、権力と実に様々です。性欲もその一つです。

恐らく、これ等の欲望は、私達が、「自分を制御すること」を学ぶための教材として、一人一人の個性や目的に合わせて、与えられた(選び取った)ものなのだと思います。

ですから、性欲が人一倍強く、寝ても覚めてもセックスのことばかり考えているような、ある意味「欲の深い」人が、六畳一間のアパートで毎日安いインスタントラーメンしか食べられないような耐乏生活にも幸せを感じる※1というようなことが起こるわけです。

※1 これは、「食にもお金にも全く関心がない」ということを意味します。

つまり、その人は、性欲を教材として「自分を制御すること」を学ぶ目的で生を享け、この世を生きているのです(恐らく、その他の欲望は、別の人生において制御する方法を学び、すでに克服しているのでしょう)。

ですから、性欲が強くて困っていらっしゃる皆様は、その性欲という教材から「自分を制御する方法」を学ばなければならないのです。そして、それが、今生の皆様にとって「相応(ふさわ)しい学び」ということになるのです。

この学びの課程を修了した時、即ち、性欲を最大限コントロールする方法をマスターした時こそ、皆様が、偉大な仕事を成し遂げる※2と同時に、この世に生まれて来た大きな目的の一つを成就したと言うことが出来るのでしょう。

※2 仕事が社会的に評価されたか否かは関係ありません。「大きな仕事をやり遂げたかどうか」は、霊の目で見た時、自分自身で確信を持って判断できるものです。

旗印

戦国武将達は、自らの思想や信念などを旗に書き込み、それを戦の大義として掲げたり、戦意を高揚するために用いたりしていました。

今回は、その中で私の好きな旗印を二つご紹介いたしましょう:

厭離穢土欣求浄土

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『姉川合戦図屏風』(福井県立博物館蔵)に描かれた旗指物


「おんりえどごんぐじょうど」または「えんりえどごんぐじょうど」と読みます。

「穢れたこの世を嫌って離れたいと願い、浄土を心から喜んで願い求める」という意味で、平安中期の高僧である源信(恵心僧都)著「往生要集」の中の言葉です。

徳川家康は、この言葉を「穢れたこの世を、清浄な世の中に変えなくてはならない」という想いを込めて旗に記したと伝えられています。

すでに当時から、武力によって改革せねばならないほど、この世は穢れていたというわけです。では、この旗印が記されてから長い年月を経た私達の社会は清くなったのでしょうか。

「否(いな)」と言わざるを得ないでしょう。

これは、この世に生きる皆様であればよくご存知のはずです。歴史から多くを学んで教訓を得たはずであるにも拘わらずです。

私達は所詮この程度の、同じ過ちを何度も繰り返し、そのたびに痛い思いをして、薄皮がはがれるように少しづつ学んで行くしかない存在なのだという事実を、この旗印を見るたびに突きつけられるような気がします。


大一大万大吉


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引用:https://kojodan.jp/castle/192/photo/68856.html

石田三成の旗印です。

これには「一人が万民のために、そして、万民が一人のために尽くすならば、天下の人々は、みんな吉(幸せ)になれる」という意味が込められています。

これを否定する人は、恐らく一人もいないでしょう。が、自らを犠牲にして、この旗印を躊躇なく実践できる人は一体どのぐらいいるでしょうか。

もし私達の全員が、ほんの少しでもこの旗印を実践できていたならば、この世に、富の偏在、そして貧困の蓄積はなかったはずです。このような歪んだ餓鬼、修羅の世界ではなかったはずです。

実に耳が痛い言葉ではないですか。

私達は、決して「昔の人より、今の自分達の方が進歩している」などと口にすることは出来ません。煤けた鍋がヤカンを黒いと笑っても、笑止なだけで洒落にすらならないのですから。


遥か昔の旗印の言葉が、今もなお私達現代人の心を打つというのは何とも不思議な話です。信念を掲げて戦った武将達は、今の世の中をどのような思いで見ているのでしょうか。

繊細だった食べ物

それは一体何でしょうか? 答えは畜肉です。

動物達の繊細な心を示す例が、ここにあります。山形鉄道フラワー長井線宮内駅(山形県南陽市)の「もっちい駅長」です。

このウサギに会うために、わざわざ遠距離を旅する方々もいらっしゃいます。

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引用:http://karukantimes.com/archives/51719763.html#more

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引用:http://karukantimes.com/archives/51719763.html#more

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引用:http://karukantimes.com/archives/51719763.html#more

この画像の三枚目の注意書きを、読みやすくするために書き出してみましょう(管理人が適宜読点を入れています)。

もっちい駅長は、震災後、臆病になり抱っこを嫌がるようになり、帽子をかぶることができなくなりました。また、大きい音声にとても敏感です。2010年に生まれ年老いてきました。ストレスにならないよう日常のありのまま見守って下さるよう、ご理解ご協力お願い申し上げます。

もっちい駅長は震災に遭遇し、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)になったのです。

これは、 自然災害、火事、事故、暴力や犯罪被害などによる強烈なショック体験、強度の精神的ストレスが原因となって、心がダメージを受け、時間が経過しても、その経験に対して強い恐怖を感じる心の病です。

動物達の心は、私達のそれと何も変わるところはありません。私達の心が傷つくのであれば、動物達の心も同様に傷つくのです。

このような繊細な心を持ったウサギ、牛、馬、豚そして鶏達を、私達は、不衛生な薄暗く狭い場所に閉じ込めて虐待し、最後は、このように殺して精肉し、口に運んでいるのです。

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引用:https://animalequality.org/investigations/

私達は、取り返しのつかない大きな間違いを犯しているのではないでしょうか。

神の愛とは何か

神はどのような人間を愛するのでしょうか。美しい人でしょうか。それとも、有能な人でしょうか。

恐らく、それは違うでしょう。

自らの欲望と闘い、魂を磨くために日々厳しい修練を自らに課し、少しでも自分に近づこうとしてジリジリと歩み寄って来る、そんな人であろうと思います。

ちょうど、幼いわが子が覚束ない足取りで自分の所に歩いて来ようとしているのを待っている親のように、神は、そのような人間を見て、限りない愛情を抱くに違いありません。

そして、そんな人間の手助けをしたいと考え、代理人たる高次の存在を介して、あれこれと目を掛けてくれるでしょう。

しかし、神の愛と私達のそれとは全く異質のものです。近視眼的な肉体の目しか持たない(つまり、霊の目が開いていない)私達にとって、神の愛とは過酷で厳しいものに映るのです。

一つ例を挙げてみましょう(卑近な例で恐縮ですが……):

親が、何かのご褒美として子供にお菓子を与えるとします。

砂糖やクリーム、香料がたっぷりと入って非常に甘く、香りの良い市販のお菓子を貰えば、子供は喜ぶでしょう。

一方で、甘さや油分を抑えた手作りお菓子を貰っても、子供は「美味しい」と感じず、喜ばないかも知れません。それどころか、「何でママは、こんなものを私に与えるの!?」と恨む可能性すらあります。

しかし、こってりとした甘い美味しいお菓子を与えられ続けた子供は、虫歯だらけになったり、肥満体になって小児生活習慣病を発症したり、容姿に欠点(いわゆる「デブ」)を抱えることになったりして※1、結局「長い目で見れば、子供のためにならなかった」ということになるのではないでしょうか。

一方、魅力に乏しい味のお菓子を食べて来た子供は、大人になった時、「親がなぜ、あのようなお菓子を自分に与え続けて来たのか」の真の意味を理解し、親の深い愛情を感じるとともに感謝の念が湧いて来ることでしょう。

※1 子供のうちに肥満してしまった場合は、細胞も肥大化し、その大きさで固定化されるため、成人してから痩せるのは難しいそうです。

神がくれる愛は、この魅力に乏しい味のお菓子のようなものです。神は、自分に近づこうとして修練を積む人間に対して、その褒美として現世的利益(お金、地位、名誉等)や快楽を与えてはくれません。それどころか、慈愛の表現として、かえって厳しい試練を与えるでしょう。

なぜなら、そのような物を与えられた人間には、甘い美味しいお菓子を与えられ続けた子供と同じ末路が待っているのであり、神は、そのことを十分承知しているからです。

神に近づこうとする人間は、その条件として神に限りなく近い属性を備えることが求められます。

それは、様々な苦難を経験し、それを克服し、そこから学ぶことによってのみ速やかに養われるのであり、それ故、神は、自分に近づこうとして修練する人間に対して、敢えて過酷な運命を与えるのです。

一見、無体に思えるこの仕打ちは、長い目(霊の目)をもって見るならば、神と一体になる(これは人間としての、この世の悩み、苦しみ、悲しみ等から永遠に完全に自由になれることを意味する)という、この世では比肩し得べきものがない、大きな幸せを与えるための導きなのですから、それは、やはり神の深い愛の表現ということになるのです。

ですから、これからの人生で艱難辛苦が皆様を襲い、「もうダメだ、耐えられない」と思った時こそ、「これでいいのだ※2」と小さな声で呟いてみて下さい。遠からず、「あの時は辛かったが、結局、これで良かったのだ」ということが分かる時が必ず到来するでしょう。

そのような経験を幾度となく積み重ね、心底から確信を持って、声を大にして「これでいいのだ」と言えるようになった時、私達は、神やその代理人たる高次の存在達から、大いなる引き立てを受けるに違いありません。

※2 これは、大昔のアニメ『元祖天才バカボン』のパパの決め台詞です。他愛のないアニメのセリフにしか過ぎないように思えますが、霊的な視点で再度このセリフを味わう時、私には、とても深い意味が含まれているように感じられます。

春の目印

皆様の「春の目印」は何でしょうか。

私の場合は、↓コレです。蝋梅。

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花びらの拡大画像
引用:https://www.photo-ac.com/profile/2636940(キリン904さんの作品)“

「本当に花びらが蝋細工で出来ているのでは!?」と思えるほど「蝋感」たっぷりで、スズランと並んで大好きなお花です。

この木が蕾をつけ始めると「もう少しだ、頑張れ私!」などと思ったりします(←私は重度の冷え性なので、山の冬は本当に辛いです。なので、「もう少しの辛抱だ」ということ)。

そして、蕾が開き始めると、「そろそろだナ」と考えます。何が「そろそろ」なのかと言いますと、「秋に地面に落ちた、紅葉や柿などの大量の落葉樹の枯葉を片づける時期が到来した」ということなのです。

「秋に片づければいいじゃない?」とお思いでしょう。しかし、秋の枯葉は軽くて、かさばり、作業効率が非常に悪いのです。

なので、ドカ雪が何度も降って湿り、圧縮されるまで待っているのです。これですと、枯葉は半分凍った状態で「ベリベリッ!」と一度に広範囲の薄いカタマリが地面から剥がれるので楽ちんなのです。

まさに、お庭が「一皮むけた」状態となり、非常にスッキリした良い見栄えになります。

この作業が済むと、いよいよ「待ちに待った山の春」を迎える準備が完了です!

ローマ・カトリックの裏の顔― その3 ―

戦争末期および戦後におけるナチス、ファシスト犯罪者の逃亡援助

ナチスやファシストの残党の逃亡には、カトリックが大きく関与しています。戦中のみならず、戦後も反省することなくワルの道を邁進したというわけです。

これ等の残党の逃亡支援に道を開いたのは、のちの教皇パウロ6世となったジョバンニ・バッティスタ・モンティーニ等の多くの枢機卿でした。

バチカンの重鎮である彼等は、その影響力を行使して、実務面の総責任者である大司教や司教達の擁護者となったのです。

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ジョバンニ・バッティスタ・モンティーニ枢機卿(画像は教皇時代のもの)

ここで、「実務面の総責任者」としてシリ大司教を挙げることができます:

大司教はCommissione di Assistenza (「援助委員会」の意)を支援し、カルロ・ペトラノビッチ神 父が率いるNational Committee for Emigration to Argentin(アルゼンチンへの移民のための全国委員会)と、その補助援助機関を設立しました。

シリは反共産主義の欧州人を南米へ移住させることを目的とする国際機関の主導者でしたが、この「反共欧州人」の中には、ナチス、ファシスト、ウスタシャの戦争犯罪人が含まれていました。

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シリ大司教(画像は枢機卿時代のもの)

もう一人の「実務面の総責任者」、バチカン内のドイツ派閥のリーダーであるアロイス・フーダル司教も紹介しておきましょう:


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フーダル司教
引用:https://www.findagrave.com/memorial/22741928/alois-hudal#view-photo=8281261

このオーストリア人カトリック司教フーダルは、対ナチス協力者として高名な存在でした。

バチカンのナチ戦犯に対する援助活動は、フーダル司教によって積極的に推進され、彼の下、「カリタス」等の宗教団体に所属する者や、フランシスコ会、イエズス会などが実行したのです。

フーダル司教の援助対象は、ナチスに限らずウスタシャにも及びました。

ナチスやウスタシャの逃亡者達は、カトリックの教会組織を頼って、オーストリアそしてイタリアへと落ち延び、ここで、クルノスラフ・ドラガノビッチ※1、カルロ・ペトラノビッチ※2といった神父達の助けを借り、教皇庁や赤十字発行の偽名の難民パスポートを取得して、主に南米などへの海外へ散って行ったのでした。

※1 ドラガノビッチ神父は、クロアチア独立国の「再定住」担当役人として、ユダヤ人とセルビア人の強制移住(つまり「追放」)業務を担当していました。またドラガノビッチは、ウスタシャが殺害、追放した犠牲者の財産をロンダリングするのにも関与していたのです(資金洗浄を助けたのはバチカン銀行です)。


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ウスタシャの逃亡者のために逃走ルートを確保したクルノスラフ・ドラガノヴィッチ神父
引用:https://en.wikipedia.org/wiki/Krunoslav_Draganovi%C4%87#/media/File:Krunoslav_Draganovi%C4%87.jpg

※2 ウスタシャ政権下のクロアチアのオグリンでは、約2,000人のセルビア人が殺害されましたが、ペトラノビッチ神父は、この組織的殺害に関与した責任を問われていました。さらに、セルビア人社会における指導的地位にある人々70人の拘束と処刑が彼の指示に従って行われました。

上記のようなバチカンの幹部やカトリック組織の指導者、そして神父達の働きに加え、ダメ押しとして教皇庁自身、カトリック教会が大きな影響力を持っている南米諸国に対し圧力を掛けることで、入国を受け入れる方向に誘導して行きました。

言ってみれば、当時の教皇庁は、南米諸国の領事館の役割を事実上担っていたということになるのです。

上記のような教皇庁の積極的な関与の結果、1947年から1953年の間、「バチカンライン」もしくは「修道院ルート」が、欧州から海外へ脱出するルートの中で、最も安全、かつ、良く整備されたルートとなって行ったのです。

ちなみに、この逃亡ルートの構築、整備、そして個々の逃亡援助の資金の出所は……ズバリ、バチカン銀行でした。バチカン銀行は、ジェノサイドや強制追放の犠牲者達の財産を資金洗浄の後に収用し、宗教活動のみならず、このような目的に使用していたのです。

このルートを使って、「死の天使」と呼ばれたヨーゼフ・メンゲレ博士、ユダヤ人移送の責任者アドルフ・アイヒマン、仏リヨンにおけるゲシュタポの治安責任者で、その残虐さから「リヨンの屠殺人」の異名を恣(ほしいまま)にしたクラウス・バルビー、トレブリンカ強制収容所所長フランツ・シュタングル、さらには、ウスタシャ指導者アンテ・パベリッチなどが、南米を主とした海外に逃げおおせたのです。


メンゲレのパスポート
ヨーゼフ・メンゲレのパスポート
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%82%B2%E3%83%AC#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Mengele2.jpg


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アイヒマンの「リカルド・クレメント」名義の偽名パスポート
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:WP_Eichmann_Passport.jpg


今回、私達は、ローマ・カトリックを素材として、人間の心に巣食う悪魔性を見てきました。が、これは、何もカトリックの神父達に限ったことではありません。あらゆる宗教家やヨーガのグル(指導者)など、高い精神性を示すことで人を導かねばならない存在の中にも、確実に様々な黒い欲望や悪魔性が潜んでいます。

当然、私達も然りです。私達全員の心の中にも魔性は深く根を下ろし、勢力を拡大する機会を虎視眈々と狙っています。

ですから、私達は、この魔性に対する監視を、ゆめ怠ることなく、いつ、いかなる時にあっても心の内が常に神性の善なる光で満たされるよう、悪魔性の陰影を出来る限り小さなものにするよう、日々修練を積み重ねて行かなければならなりません。

まさに、それこそが、私達がこの世に生まれ、そして、これからも生きて行かねばならない理由なのですから。

ローマ・カトリックの裏の顔― その2 ―

クロアチア独立国におけるジェノサイドへの積極的関与

1941年4月、ドイツ軍を主とした枢軸国軍によってクロアチアの反独政府が倒され、その後釜に座ったのがアンテ・パベリッチ率いる「ウスタシャ(「蜂起する者」の意)」でした。

しかし、政権掌握当時、ウスタシャは数百人程度の構成員しかおらず、国家を指揮する集団としては規模が小さ過ぎました。また、知識も教養もない烏合の衆に過ぎなかったため、政権運営能力が決定的に欠けていたのです。

そこに目をつけたのが、豊富なインテリの人材を有し、全国的に広範かつ強固な組織を持っていたカトリック教会です。カトリックは、政権の要職に次々と神父を送り込み、自らの意に沿う政策を立案、実施するようになって行きました。

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パベリッチを囲むフランチェスコ修道会の聖職者達
引用:https://constantinereport.com/nazi-gold-funded-vatican-ratlines/

ウスタシャ政権は、「純粋なクロアチア人国家」の建設を目標に掲げていましたが、それは、政権中枢に深く食い込んだ神父達にとって、まさに絶好のチャンスでした。

彼等は、「クロアチア国内に住む異教徒(セルビア正教)たるセルビア人を殺害し殲滅する」ということに対して「現代の十字軍」的な意味合いを付与するとともに、「教会とカトリック信仰に対する忠誠こそが、我々の行動規範だ」と強調しました。

ウスタシャ親衛隊(内務省管轄の、ナチス親衛隊をコピーした治安組織)の指導者であったイヴォ・グベリナ神父は、「カトリック信仰の前哨に立つことは、神の摂理が定めた任務であり、これを傍観することは創造主に対する罪である」と檄(げき)を飛ばし、直接行動(つまり、セルビア人の殺害)に出ることを強く推奨しました。

このような経緯を経て、「クロアチア国内の三分の一のセルビア人を殺害し、三分の一を国外追放に、そして、残りの三分の一をカトリックに強制改宗させる」というクロアチア独立国の政策目標が確立されていったわけです。

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カトリック聖職者による強制改宗の模様(拒否した者には死や追放が待っている)

現場においても神父達は、セルビア人への憎悪、敵愾心を煽る発言(例えば、ドボイ地区行政長官カムベル神父の発言)や、「セルビア人殺害を実行する武装ウスタシャ兵および一般市民に対する、殺害現場における祝福の授与による精神的鼓舞」等を通して、殺戮を正当化する大きな役割を果たしました。

例えば、ミロスラヴ・フィリポビッチ従軍神父です。彼は、他のカトリック神父とともにセルビア人殲滅を目的とした作戦会議に出席しただけでなく、1942年2月7日、バニャ・ルカ北部郊外に位置するドラクリッチおよび、それに隣接する二つの村において、実際の作戦にも参加しました(当地に駐屯していたドイツ国防軍のエドムント・グレイズ・フォン・ホルステナウ将軍の報告書より)。

この作戦で、男性、女性、子供など、2,300人以上のセルビア民間人が、斧、鉞(まさかり)または鶴嘴(つるはし)を用いた殺害の犠牲になりました。

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ミロスラヴ・フィリポビッチ神父

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報告書を提出したエドムント・グレイズ・フォン・ホルステナウ将軍(中央の人物)

ここで一つ疑問が湧いてきます。「神の道と愛を説く神父達に本当にこのようなことが出来るのか。」という疑問です。が、出来るのです。私達の時代にも、動機のベクトルは真逆ではありますが実例があるのです。

その例とは、『解放の神学』です。これは、1960年代の中南米諸国に興(おこ)ったカトリックの神学運動で、貧しい人々、抑圧された人々の側に立つ「下からの社会改革」を実践する教会を目指していました。

当時、中南米の多くの国では、軍事政権の支配の下、貧困が蔓延し、それと表裏をなす著しい社会的不公正、不正義や富める者の横暴が蔓延(はびこ)っており、これに抗議する不満分子は、投獄、拷問、殺害等の容赦ない弾圧に晒されていたのです。

このような歪んだ社会構造を改革すべく、「権力によって制度化された不正や暴力に直面した時に、教会が取るべき行動は、ただ神に祈ることではなく、解放のための具体的行動を起こすことであり、抑圧された者との連帯における奉仕は、苦難のキリストのために行う愛の行為であり、また神を喜ばせる礼拝でもある」という神学解釈が生まれたのです。これが『解放の神学』です。

そして、この教義に基づき、ニカラグアやエルサルバドル等の民族解放戦線にゲリラ兵士として身を投じ、武器を取って戦った神父達がいたのです。

戦場ですから、敵(政府軍兵士)を殺さなければ自分がやられます。そして、当然のことながら、殺せば殺すほど、それだけ自らが描いた理想に近づくのです。ですから、ゲリラ兵としての神父達は「いかに大量に効率よく殺すことができるか」を考え、実践したでしょう。

ウスタシャの黒い神父達とは真逆の動機に基づいた行為であるとは言え、やはり、人を殺しています。たとえ命の尊さ、隣人愛を説く神父でも、自らの理想や主義の実現のためならば、こういうことをする場合もあるのです。

その3へ続く

ローマ・カトリックの裏の顔― その1 ―

カトリックには二つの顔があります。

表の顔は、神の道と愛を説く清廉な求道者の顔です。が、裏の顔は、ワルの顔です。

これから三回シリーズで、このカトリックの裏の顔について見て行くことにしましょう。

ナチスドイツとの協力関係

ナチスとカトリックの黒い関係はつとに有名です。

一見、相反する思想を持つように思えるナチスとカトリックがなぜ接近し、蜜月関係を築くことが出来たのか。それを考えるには、欧州の歴史を遡る必要があります:

ユダヤ人は、欧州において過去に何度もポグロム(殺戮等の集団的迫害行為)の対象とされて来ました。

それは、ユダヤ人達が欧州の人々の職域、生活域に入り込み、反感や憎しみを買って来たことにも原因があります。しかし、カトリック教会にも大いに責任があるのです。

カトリックは中世以来、ユダヤ人を「イエスをメシア(救世主)と認めず、真理に背く者である」と定義し、反ユダヤ主義的思想を構造的、持続的に社会に沈積させて行きました。

また、ユダヤ人は「キリスト教徒から金を搾り取る貪欲な者」「キリスト教徒の生命を脅かす者」であり、社会的に負の要素だと位置づけ、ユダヤ人に対する嫌悪の情を増長させる重要な役割を担ったのです。

「神の言葉を述べる口」である教会や神父からこのようなことを繰り返し聞かされ続けて来たキリスト教徒たる一般市民は、さほどの心理的負担を感じることなくユダヤ人迫害、殺戮に邁進して行ったことでしょう。

愛を説くべき教会が、逆に憎悪を煽って来た。それが欧州における教会だったのです。

つまり、カトリックとナチスは、「反ユダヤ主義思想」という共通のバックボーンを有していたがために、積極的に手を結ぶことが出来たのです。

では、本題に入りましょう:

ナチスが政権を握った2か月後の1933年3月、教皇ピウス11世は枢機卿会議において、ナチスを支持する旨を表明しました。そして数日後、ドイツ司教団は、カトリック教徒がナチス党員になることを禁じていた指令を撤回したのです。

ピウス11世は、こう言いました。「私は、ヒトラー総統が共産主義と手を切った最初の指導者であることを認め、喜ばしく思う」

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ピウス11世

この時点でナチスは、カトリック教徒という最強の支持層を獲得し、独裁へのスピードを驚異的に加速化させる方途を手中に収めたのです。

さらに、この年の7月20日、バチカンはナチスとの間で「政教条約(コンコルダート)」を締結します。

これにより、ナチスはドイツ国内のカトリック教会の存在を認め、聖職者の人事には教会の同意が必要であるとされました。同時に、バチカンは、聖職者が政党に参加することを禁止する布告を出すことになったのです。

これは、聖職者が多く参加していたドイツ中央党の解散を意味していました。つまり、バチカンは、ドイツ中央党をナチスに売り渡し、ナチスに忠誠を誓うよう仕向けたのです。

バチカンとの間に結ばれた「政教条約」は、ナチスの国際的評価を大いに高めました。

何故なら、ナチスはカトリックに宥和的であり、反宗教的政権ではないというお墨付きを神の代理人たる教皇から貰い、それを世界に向けてアピールすることが出来たからです。


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にこやかにヒトラーと握手するバチカンの代表(この写真はプロパガンダに利用されました)
引用:https://www.thetimes.co.uk/article/vatican-to-reveal-scale-of-nazi-eraco-operation-fl76mk6fl


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ザールラントのドイツ再編入を祝うザールブリュッケン市の式典にてナチス式敬礼をするフランツ・ルドルフ・ボーンヴァッサー (トリーア司教) とルートヴィッヒ・セバスチャン(シュパイヤー司教) 。右から二人目はナチスドイツ内相ヴィルヘルム・フリック、右端の人物は宣伝相ヨーゼフ・ゲッベルス
引用:http://nebojsavukanovic.info/zlocini-katolickog-klera-kao-podsjetnik-biskupima-iz-maja-2016/


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ヒトラーと握手するカトリック聖職者(祭服の左脇腹の位置にドイツ鉄十字章を佩用しています)
引用:https://randalrauser.com/wp-content/uploads/2014/06/Hitler-and-Muller.jpg

この後、ナチスとの蜜月関係の立役者として振る舞ったピウス11世の後任として、ピウス12世が教皇の座に就くことになりますが、彼はナチスの政策への批判を一切行うことはなく、「ヒトラーの聖なる友人」あるいは「ヒトラーの教皇」などと揶揄されました。


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ピウス12世
引用:https://www.afpbb.com/articles/-/3214310

ピウス12世は、戦争の初期段階におけるユダヤ人の大量虐殺について知っていたにも拘わらず、その情報を握り潰しました。

これにより、ポーランドとウクライナにおけるユダヤ人の組織的殺戮に関する米政府の判断を誤らせることとなったのです。

また、「ピウス12世は、ポーランドとウクライナでのユダヤ人に対する大規模な残虐行為の目撃報告を一笑に付した」ことが、バチカン市国国務長官の側近であったアンジェロ・デラッカによって1942年9月下旬ごろに書かれた内部メモ(Appunto)から明らかにされています。

もし、ピウス12世が神の法と良心に従い、毅然とした対応をしていたならば、それだけで、多くのユダヤ人が死を免れたかも知れません。

その2へ続く

すべての鶏卵にNO !

いまだに鶏卵を食することに執着し、利己的な「口の欲求」を叶えたいがために、言い訳をして「平飼い卵」に逃げているペット愛好家がいらっしゃいます。呆れたものです。

「バタリーケージ飼い」だろうと「平飼い」だろうと、どちらも同じです。いずれの方法で飼育されていようとも、鶏達は畜産業者の搾取の対象、つまり、「奴隷」です。

いい年をして、なぜこのような子供でも理解できる簡単なことが分からないのでしょう。サクッと理解して実践していらっしゃる十代、二十代の若い方々もいらっしゃるというのに……

「長く生きたって何の意味もない」ということなのでしょうか。

最近は、子供に範を示すどころか、逆に、子供達から教えてもらわなければならない未熟な大人が非常に多いような気がします。本当に情けなく、恥ずかしい話です。

以前、ナチスの強制収容所には、収容所の運営に強力する見返りとして、ましな待遇を与えられた「カポ」と呼ばれる囚人がいたことをお話しました。しかし、この「カポ」もナチス側にしてみれば、単なる「役に立つ便利な奴隷」に過ぎず、使うだけ使って最後には処分していました。

この「カポ」と平飼い鶏は、一体どこがどう違うのでしょうか。

平飼い鶏も散々搾取された挙句、用済みになれば殺されて肉になります(屠殺業者に二束三文で叩き売る場合もあれば、自分の農場で殺して精肉し販売する場合もあります)。

「平飼い卵なら問題ない」と言い訳をして、それを食する人は、この「カポ」も間違いなく問題がないと断言するのでしょう。「囚人の身分なのに待遇が良かったんだから、いいんじゃない?」「劣等人種なのに、いい思いが出来たんでしょ?」と。

是非、自らの意思に反してカポであることを強いられた人々の遺族、子孫の前で、堂々とその考えを披露して頂きたいものです。

再三申し上げますが、「鶏と人間は違う」「家畜は、しょせん家畜」という言い訳は通用しません。それは人種民族差別思想に立脚して絶滅政策を推進したナチスと何も変わらない差別主義者の寝言に過ぎません。寝言は寝てから言うものです。

平飼い卵をご推奨される皆様、そして実際にご購入なさっていらっしゃる皆様、出来るものなら『種差別論』を論破なさって、ご自身の正当性を明らかにしてみて下さい。私は皆様のご高説を心より拝聴したいと常々考えているのです。

ここで、自分の卑しい食の欲望のためなら、他の存在がどんなに恐怖を味わおうと、苦痛に苛(さいな)まれようと知ったことではないという利己的な差別主義者には、次の提案をいたしましょう:

ご自分の卵を召し上がってはいかがでしょうか?「ご自分の卵」とは、つまり「生理」です。鶏卵も鶏の生理なのですから、自分の卵であろうと鶏のそれであろうと大した違いはないでしょう。

これですと、鶏卵を買いに行く手間も省けますし、お金も使わずに済みます。何よりも、鶏達に一切迷惑が掛かることがありません。良いことづくめではないですか。


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女性の生理は食べないのに、鶏のそれはなぜ食べるの?
引用:https://fi.pinterest.com/lillianmitchell1002/

他の存在の苦しみの上に自らの幸せを築くことは絶対に出来ません。

とんだ心得違いをしている人間、特に自らの愛玩動物を溺愛する一方で平飼い卵を推奨したり、いわゆる「アニマルウェルフェアに配慮した」畜肉を購入したりしている人間は、大いなる負債を日々刻刻と積み上げて行きます。

何故なら、自分のペットを愛することが出来るほど魂を進化させた人間が、他の動物を蔑(ないがし)ろにするということは、「悪いと知りつつ敢えて行為する」ことに他ならず、霊的な罪は非常に重いと言えるからです。

そのような人間には、自ら積み上げた負債を返済する日が必ず到来します。返済の猶予は許可されません。誰一人負債から逃れることは出来ません。「知らなかった」という言い訳は一切通用しないのです。

それが神の法の適用というものです。

パン製法の基礎知識と健康 ― その2 ―

それは……

市販の菓子パンには砂糖(←コスト的に考えて、安価な精製糖たる白砂糖)が大量に入っている」ということです。

このようなものを頻繁に食べていると、早晩、健康を害し、最悪の場合には、ガンや糖尿病などの重篤な疾病に罹患する可能性が高くなります。

なぜなら、ガン細胞は糖をエサにして増殖する細胞ですから、私達の血液中に大量の糖が存在すると、体内で日々刻々と生成されるガン細胞に良質のエサを提供することになり、その増殖を助長させることになってしまうからです。

私の知り合いに菓子パンに目がない人がいました。その人は、市販の菓子パンを食事代わりに食べたり、菓子パンの食べ放題イベントに頻繁に行くなどしていました。そのような乱れた食生活がたたったのでしょう、その人はガンになりました。

そして、化学療法が終了した後も、生活を改めることがなかったため、再発転移してしまいました。

ガン細胞は賢いのです。化学療法等で自分の身に危険が迫ると、休眠状態となるのです。そして、それらの療法が完了するまで活動を停止して大人しくしているのです。

そして、暫くして、「もう大丈夫な頃合いだな」と判断すると、また眠りから覚め、転移や増殖を開始するのです。

これはガン専門医の先生が仰っていたことです。

大量の白砂糖が入った市販のパンを習慣的に食べるということは、このような狡猾なガンに活力を与えることなのです。

ガンは一度罹患してしまうと何度でも再発する可能性が高い厄介な病気です。そして、その治療のための多額のお金と時間と気力を奪い取って行きます。

ですから、ガンにならない食生活がとても大切なのです。

糖の過剰摂取が引き起こす病はガンだけではありません。大量の糖の摂取は、血糖値の乱高下を招きます。

血糖値が急激に上昇すると(血糖値スパイク)、それを下げようとして血糖値を下げる働きのあるホルモンであるインスリンが一度に多量に分泌される結果、今度は急激に下がるという現象が発生するのです。

この乱高下を放置していると、毛細血管に大きなダメージを与え、その結果、毛細血管が密集している臓器や部位が不全になるのです。

つまり……

・眼底出血を起こす→失明
・足先が壊疽になる→足の切断
・腎不全になり体内の毒素が濾過できなくなる→人工透析

これが糖尿病患者の代表的な末路のコースです。他にも糖尿病由来の重篤な合併症があります。

このように、「知らず知らずのうちに習慣的に大量の糖を摂取してしまう」ということは、とても怖いことなのです。

ですから、私は、パンもクッキーもケーキもチョコも全て手作りしています。塩味のスナック菓子や、おでんに入れる「練り物」(←私は頂きません。家人用です)も、自分で作ります。

市販のものは、塩味のスナック菓子や練り物にすら砂糖がてんこ盛りで入っています。

手作りですと、砂糖や添加物を自分で自由にコントロールすることができます。

・白い精製糖ではなく夾雑物の入った黒糖を使う
・人工甘味料(私はエリスリトールという糖アルコールを使っています)を活用し、砂糖を減らす
・レーズンをブランデーに漬けて、その漬け汁を砂糖代わりにする
・果物を入れた時には砂糖を少な目にする

といった具合にです。

自分で出来ることを全てやった上で、それでもなおガン等の重篤な病になってしまったとしたら、それはそれで諦めがつくでしょう。

しかし、出来るのにやらず、そうなってしまったら、その時に後悔しても、もう遅いのです。

ですから、皆様も出来るだけ手作りをするように心掛けてみて下さい。全部完璧に出来なくても、半分でも三分の一でもいいです。その分だけ確実に病気のリスクが低減します。

当然のことながら、商売人は、お客の健康のことより自分の利益を優先します。

味の虜(とりこ)にしてリピートさせるために、濃い味、輪郭のハッキリした強い味に仕上げます。そのため、大量の砂糖、塩、添加物を使うのです。お客がそれで病気になろうが知ったことではないのです。

「他人の幸せより自分の利益」、それが「この世」というものです。

皆様も、どうか市販のお菓子、お惣菜や外食から出来るだけ遠ざかることによって、ご自身や愛する方々の健康を守るようになさって下さい。

パン製法の基礎知識と健康 ― その1 ―

パンがお好きな皆様、たまには作ったり食べたりするだけではなく、パンに関する勉強もしてみましょう。

大した内容ではありませんが、「ホー、それは知らなかったナ」と思って頂けると嬉しいです。

それでは早速見て行きましょう!

パンの製法は、大まかに言って以下のように分類できます:

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ストレート法
すべての材料を一度に混ぜて、「捏ね→一次発酵→ベンチ→二次発酵→焼成」を行うシンプルな製法で、アメリカで1916年に初めて紹介されたと言われています。

粉の風味を直接味わうことができ、しかも、短時間で作ることが出来るメリットがあります。

中種法
全粉量の50~80%ぐらい(←パンによって異なる)の粉を捏ねて発酵させた中種を作り、その後、残りの粉に中種を加え、「捏ね→一次発酵→ベンチ→二次発酵→焼成」を行うやり方です。

この方法を用いると、グルテンの結合が良くなるため、ふっくらした柔らかいパンを焼くことができます。また、ストレート法のパンに比べ日持ちが良いという特長もあります。

が、手間暇がかかるのがデメリットです。

さらに、日本の中種法は食パン系と菓子パン系の二系統に分けることができます。それぞれ目的が違うのです。

食パン系の中種法
リッチな配合の生地は、砂糖、卵、バター等の、粉以外の材料の味をメインとするため、短い発酵時間でも十分に風味の良いパンを作ることが出来ます。

リーン(シンプル)な配合の生地の場合は、発酵時間を長くとることによって、熟成により得られる独特の香りや風味を十分に引き出す必要があります。

菓子パン系の中種法(加糖中種法)
菓子パン系の中種には砂糖を5~10%加えて作ります。なぜ砂糖を加えるかというと……

日本の菓子パンの生地は砂糖の配合比が30%程度と高いため、一度に砂糖を加えてしまうと、生地中の糖分濃度が上がり高浸透圧になって、イーストの細胞壁が破壊され、活性が低下してしまうからです。

それを避けるために、中種と生地とに分けて砂糖を加える方法が採られているのです。

もちろん、菓子パンをストレート法で作ることも出来ます。ただし、砂糖を多く使用するため、どうしてもイーストの活性が弱まってしまいます。なので、発酵時間を長くする必要があります。

発酵種法
フランスパン用の粉、イースト、塩および水を混ぜて捏ね、発酵させます。これを発酵種と呼んでいます。そして、この発酵種を使いやすい量に小分けして冷凍または冷蔵保存しておきます。

パンを作る際には、この発酵種を材料に投入し、その後は通常通りに、「「捏ね→一次発酵→ベンチ→二次発酵→焼成」」と進みます。

中種法と同様、この手法もグルテンの結合が良くなるため、ふっくら柔らかなパンが焼き上がります。さらに低温で種を保存するため、じっくりと発酵し、芳醇な味と香りのパンになります。また、日持ちも良いです。

ここで一つ疑問が……

中種法と発酵種法は良く似ているが、一体どこがどう違うの?

基本的には両者は同じものです。ただ、中種法の場合、リッチなパンを作る場合は、中種もリッチな配合となります。なので、「今日はリーンなパンを作りたいな」と思い立った場合、たとえリッチな配合の種が冷蔵庫の中にあったとしても、それを使うことが出来ません。つまり、種の作り置きが出来ないのです。

そこで、「どちらにも使える汎用性の高い種を予め作って保存しておこう」というのが発酵種法なのです。

さて、ここまでの記事をお読みになって、何かお気付きになられませんでしたか?特に、赤色の文字の箇所に注目して下さい。

勘の良い皆様は、もうお気付きかも知れません。それは……

その2へ続く

畜産=動物虐待

「動物虐待」を定義してみましょう。

それは「不必要な理由で動物を殺傷する行為、および、必要な世話を怠る、怪我や病気の治療をせずに放置する、充分な餌や水を与えない等の不作為」です。

では、果たして、畜産はこの動物虐待の定義に該当するのでしょうか。

答えはイエスです。

なぜなら、畜産は人間の生存にとって不必要なものだからです。畜肉がなくても、乳製品、鶏卵がなくても人間は何一つ困ることはありません。それ等なしでも十分健康を維持し、幸せに生きることができるのです。

それにも拘らず、動物達を拘束し、淘汰(殺処分)し、病気怪我をしても放置し、屠殺するのは、「不必要な理由で動物を殺傷すること」でなくて一体何でしょう。

まさに、畜産は、それ自体が虐待行為です。

犬猫虐待のニュースを見聞きし、憤りの感情をお持ちになって「こんなことをするなんて酷い!」と思わず虐待犯を非難してしまう、正義感溢れる(と思い込んでいる)肉食者、動物性食品摂取者の皆様、ご注意下さい。家畜達から「お前が言うな!」と言われますよ?

アナタ方も虐待犯と同じ穴のムジナなのですから。

畜産における動物虐待←動画に飛びます。

過去未来とのニアミス ― その2 ―

では、何故このようなニアミスが起こるのでしょうか。この四つのお話が嘘ではないということを前提に考えて行くことにしましょう。

皆様が、「時の流れ」という言葉をお聞きになった時にイメージするものは何でしょうか。恐らく、歴史年表のような時系列の表ではないでしょうか。

私達地上の人間は、「時間というものは、川のように一方的に流れるものだ」という確固たる考えを持っています。そして一度流れ去ってしまった時は、もう戻らないと信じています。

つまり、「あぁ、楽しかったあの時代は、もう過ぎ去って二度とは戻ってこない」というホロ苦く切ない、あの感覚です。

しかし、本当にそうなのでしょうか。そもそも時間は地上の人間の利便性を図るために勝手に作りだした概念であり、「時の流れ」は自然界に客観的に存在する法則ではありません。当然認識もできません。

ということは、時というものは必ずしも「流れる」とは限らないわけです。

この仮定をもう一歩推し進めると、我々が考える、時の連続的集合体たる「時代」というものは、過ぎて消え去ってしまうのではなく、過去も現在も未来も同時に存在する可能性があると考えることも出来るようになります。

つまり、歴史年表のような時系列グラフではなく、例えば、PCのHDD(またはSSD)の中に存在する「時代」という名称のフォルダの中に入っている、「江戸」「明治」「大正」「昭和」フォルダに格納されたそれぞれの時代の画像集や動画のようにです。

ところで、霊界では、時間の観念が存在しないと言われています。ということは、あらゆる時代、即ち、すべての過去現在未来が同時に存在していることになります。

霊界は、この地上世界を包み込む、より高次の高度な世界ですので、実は、低次の世界たる「物質を伴った霊界」と表現できる私達の住む地上世界でも、同様に時間は流れるものではなく、すべての過去現在未来が同時に存在し、かつ、それ等が同時進行している可能性があるのです。

私達は、この世に生まれる(送り込まれる)際、自らの魂が最も成長できる時、場所を選定するようです。

成熟したタフな魂は、厳しい困難な時代や環境を敢えて選択するでしょう。そこで、同時に存在している様々な場所(国)の様々な時代を吟味し、その時代に生起する事件(戦争、飢饉等)なども参考にして、生まれる時点、場所を決定するということになるわけです。

もし、そうでなければ、例えば、平成の時代に生まれ、人生を過ごした人は、次の人生の舞台としては平成以降の時代しか選択できないことになってしまいます。しかし、それ以降の時代が、その人にとってベストであるとは限りません。

古代や中世の厳しい時代に生きることが、その人の魂にとってふさわしいかも知れません。あるいは、「自分の命を犠牲にして利他愛の行為を貫徹する」「恐怖に打ち克って自分の責務を果たす」という体験のために、総力戦の凄惨な戦争が展開される時代を希望する場合もあるでしょう。

過去現在未来が同時並行的に存在していないということになると、このように、自分の魂の修行のための最良の時点を選択することが困難になってしまうのです。

もし、私達の、この世への誕生の真相がこのようなものだとすれば、日本の平成の時代に生まれ、平穏のうちにその人生を歩んだ人が、今度は動乱期の幕末を選択して生まれて来る、次は遥か未来の西暦5000年頃を、次はモーレツ社員が徹夜で働き、給料も年々上がる高度経済成長の頃の昭和時代を、その次は戦国時代を……ということも有り得ることになります。

つまり、今現在、どこかの空間では、それぞれ同時進行的に、幕末の動乱が起こり、右肩上がりの経済成長がどこまでも続いて皆が明るい将来を夢に描き、群雄割拠の戦国武将による戦(いくさ)が行われているということになるのです。

私には、過去未来とのニアミスは、これが理由なのではないかと思えるのです。

つまり、もともと、あらゆる「時(時代)」というものは、同時に存在し、その中から選択できるシステムになっているのではないか、つまり、(ある時代の)ある時点を選択すると、そこからスタートできるというような……ちょうど、動画を再生するように。

そして、私達の住むこの世界に生じた、ちょっとした時空の歪みから、本来はアクセス出来ないはずの異なる時代を垣間見てしまうのではないか、と、こう思うのです。

未来を予言し、的中させる人の存在も、このように考えれば、なんら不思議ではないでしょう。現時点で、未来に関する知識を既に持っているのですから。

さて、今回は霊的な観点から、タイムスリップについて考えてみました。皆様はどのようなご感想をお持ちになられたでしょうか。

おまけ:

ワシントン・アーヴィング作の有名な小説『リップ・ヴァン・ウインクル』も、過去とのニアミスを題材とした作品です。なかなか面白いです。青空文庫から無料でダウンロードできますので、皆様もお読みになってみて下さい。

また、『The Two Worlds of Jenny Rogan(ジェニー・ローガンの二つの世界:邦題「過去へ旅した女」)』という映画もタイムスリップを扱った、切なさで心が静かに満たされ、その余韻がいつまでも残る、素晴らしい作品です。イチ押しです。是非ご覧になって下さい。

過去へ旅した女(3分割中の1)


過去へ旅した女(3分割中の2)


過去へ旅した女(3分割中の3)

過去未来とのニアミス ― その1 ―

これは「タイムスリップ」とも呼ばれていますが、短時間、過去や未来との接点を持ったという意味では、「ニアミス」という言葉がふさわしいでしょう。

このような過去や未来の時代とのニアミスは、少なからず報告されています。

今回は、それらのニアミスのケースをいくつかご紹介し、その後に、なぜ、そのようなことが起こるのかについて私なりに考察してみたいと思います。

それでは、まずケースのご紹介から……

過去のベルサイユへ旅した二人

1901年8月10日、オックスフォード大学セント・ヒューツ・カレッジ学長のシャーロット・アン・モーバリー女史と、その補佐役のエレノア・ジュールダン女史(事件後に副学長に就任)がパリ郊外のベルサイユ宮殿を観光に訪れました。

ベルサイユの離宮である小トリアノン宮殿の庭園を散策している途中、二人は奇妙な感覚に襲われました。空気がそよとも動かず、木立も貼り付いたように見えたのです。ちょうど、タペストリーの中の木々のようだったといいます。

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モーバリー女史とジュールダン女史

旅行ガイドを頼りに歩いていたものの、曲がり角を間違えたのか道に迷ってしまった2人。

歩き続けていくうちに、奇妙な鍔広の帽子に古めかしいデザインの服、古風な飾りのついた靴を履いた男性を見つけたのです。彼は二人に「マダム、そちらに行っても何もありません」と教えてくれました。その言葉も現代のものとは多少異なっていたといいます。

周りを見渡した二人は、さっきまであんなにたくさんいた観光客の姿が一人も見えないのに気づき、気味が悪くなりましたが、そのまま歩いていくと庭園の中の家のテラスで足首までのスカート、大きな白い帽子といった時代離れした服装で庭園のスケッチをしている女性を見かけたのです。

歩いている間、二人は何とも言えないひどく重苦しい雰囲気を感じたと言います。

庭園の中では最後まで他の観光客には出会わず、庭園を出たところで大勢の観光客がざわめいているのを見て、二人は現実に引き戻されたような気がすると同時に、さっきまで感じていた奇妙な感覚が消え失せるのを覚えました。

イギリスに帰国後、小トリアノン宮殿でのことが気になった二人がその歴史を調べてみると……

彼女達があの庭で出会った人物達は、フランス革命時代(1789-1799年)の小トリアノンに実際に住んでいた人々の特徴と酷似していることが分かりました。そして、芝生でスケッチをしていた女性は、フランス王妃マリー・アントワネットその人だったというのです。

その後、二人は何度か小トリアノンを訪れましたが、庭園の様子は1901年の8月10日に見た風景とはまったく違っていました。あの日見た建物はなく、あの日渡った橋もありませんでした。

二人が散歩中に渡ったと証言した橋は、1901年の小トリアノンにも、同宮殿の記録にも存在しなかったため、作り話だと言う人もいました。ところが1903年になって、他の地図には描かれていない橋が描かれた、当時の地図が発見されたのです。

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小トリアノン宮殿

二人は、1700年代のフランス革命の時代へタイムスリップしてしまったのでしょうか。

8月10日はフランス革命の「8月10日事件」が起きた日です。1792年、フランス国王一家が避難先のテュイルリー宮殿で身柄を拘束されました。警護のスイス衛兵が民衆に虐殺され、フランス王政が幕を閉じた日として知られています。


十九世紀を垣間見た医師

1935年、内科医のEG・ムーン博士はサネットに住むカーソン卿を往診しました。

博士が卿付き看護婦に対し服薬に関する指示をした後、卿の邸宅を出ようとすると、停めていた車がなくなっていただけでなく、側にあった大きなイチイの木の生垣まで消えており、舗装道も土の道路になってしまっていることに気付きました。

そして、向こうから歩いてくる男性を見ると、まるで19世紀の人物のような服装をしていたのです。

博士は、カーソン卿の邸宅を振り返り、そしてまた表の道路に目を向けました。すると、まるで魔法のように、車と生垣は元通りになり、古風な出で立ちの男性も消えうせていました。


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引用:https://www.therichest.com/shocking/15-people-who-claim-they-have-traveled-through-time/



未来へ飛行した空軍中将

これは、イギリス空軍のサー・ロバート・ビクター・ゴダード空軍中将が実際に体験したとされる話です。

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ゴダード空軍中将

1935年、当時、まだ中佐だった彼は、エジンバラ近郊のドレムという地で、長期間使用停止となっていた飛行場を視察するよう命じられました。

中佐が飛行機に乗り現地へ飛ぶと、眼下には、荒れ果てた飛行場と、近所の家畜が滑走路の割れ目から生えた草を食んでいる情景が映りました。

視察後の大雨でトラブルに見舞われた中佐は、一度ドレムの飛行場に戻って出直すことに決めます。

飛行場上空に近づくと、雨は止み、陽光が射してきました。中佐が下を見ると、飛行場は完全に修復され、使用されているように見えたのです。

青い作業服を着た整備員達が、滑走路に駐機された4機の黄色い飛行機の周囲を歩いていました。4機のうち1機は、長年の飛行経験がある中佐でもまったく見たことのない機種だったといいます。
ハービー・ブレナン著『Time Travel: A New Perspective』

イギリス空軍は、この出来事の4年後、銀色の機体を黄色に塗装し、整備員の作業服をカーキ色から青色に変更したそうです。


未来の空襲を体験した新聞記者とカメラマン

1932年、新聞記者のベルナルド・ハットンとカメラマンのヨアヒム・ブラントは、ドイツのハンブルク造船所を取材後、帰り支度をしていたその時、飛行機のエンジン音がするのに気付きました。

見上げると、爆撃機が空を埋め尽くしており、すぐに爆撃が開始されたのです。二人は慌てて屋内に退避し、警備員に「何か私達に出来ることは?」と訊ねました。すると警備員はすぐに帰るよう告げました。

しかし、帰路二人は違和感を拭い去ることができませんでした。空襲の最中、空は真っ暗だったが、今は綺麗に晴れているのです。

二人は車を停め、造船所の方を振り返って驚きました。空襲で破壊された建物はおろか、煙すら見えなかったのです。

新聞社に戻って、カメラのフィルムを現像してみても、そこには撮影したはずの空襲の模様は映し出されていませんでした。

1943年、ドイツからロンドンに移住したハットンは、同年、イギリス空軍がハンブルクの空襲に成功したことを新聞で知ったのでした。

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ハンブルクを空襲するイギリス空軍第1機群の戦略爆撃機


上記の他にも、過去未来とのニアミスに関しては、以下のサイトにたくさんのお話があります:

時間旅行

その2へ続く

動物愛護≠動物福祉※1

※1 ≠は、「ノットイコール」と読み、「同じではない」という意味です。

動物愛護と動物福祉は、つい似た概念のように思ってしまいます。また、動物福祉は、動物愛護という枠の中に含まれるという印象を持つこともあるでしょう。

しかし、この二つは互いに相容れないものです。

なぜなら、動物福祉は、単なる「動物を利用し搾取することを正当化するための言い訳」に過ぎないからです。

「動物の福祉に配慮している」などという畜産業界のコピーは、人々に「動物達からの搾取は減少しつつあり、状況は改善されているのだ」という誤った印象を与えます。

そして、動物性食品を摂取すること※2 に対するハードルを低くすることによって、道徳的、倫理的後ろめたさを麻痺させることを狙っています。

※2 これは、動物達への虐待、殺害を含む畜産プロセスへの積極的参加に他なりません

たとえ多少、動物の福祉が向上したとしても、動物達の権利を無視し、差別し、拘束し、搾取し、殺害しているという現状は何も変わりません。ただただ、それを長引かせるだけです。

もし、「動物の福祉が確保されれば、このような現状を認めて良い」ということになれば、人間でも同じことが許容されることになるでしょう。

つまり、「奴隷制の是認」です。

待遇を改善しさえすれば、奴隷を所有し、これを使役しても何一つ問題はないでしょう。

人間も動物も、尊厳のうちに生存し、幸福を追求する権利を持っていることに変わりはありません。動物の福祉が確保されさえすれば、上記のような現状を認めて良いというのであれば、当然の帰結として、人間でも、これを肯定しなければなりません。

それを認めないのは、合理的理由がないにも拘わらず人間と動物との間の取り扱いに差異を認める差別主義者です。

自分の犬を溺愛する一方で、動物福祉を提唱するペット愛好家などは、恐らく、奴隷制の復活を支持し、奴隷が生産した物品を喜んで購入するのでしょう。テロ集団「イスラム国」構成員が行った戦利品として拉致してきた女性達に対する性行為の強要性奴隷の売買についても、これを認容するのかも知れません。


囚われの身でいる限り、動物達の幸せは実現できません。単に彼/彼女等の置かれた状況を良くするだけの動物福祉の発想の下では、真の動物の解放はあり得ないからです。

人の法と神の法

両者は同じ「法」という名称を用いていますが、全く別物です。

人の法には絶対的な正義がありません。「悪法もまた法である」という言葉にそれが端的に現れています。時の政権や権力者の意向によって如何様(いかよう)にも定めることができます。また、運用もそれ等の者達の思うがままです。

まさに「法は政治の侍女」です。

力のある者や裕福な者は、その影響力を行使したり、賄賂を使ったりして人の法を無視し、ウマウマと生きることも出来ます。そのような国は、地球上にたくさん存在します。

人の作った法は、この程度のいい加減なものです。屁理屈(法学で言うところの「条文解釈」)や社会的な力、お金でどうにでもなるのです。

裁判を見ればお分かり頂けるでしょう。白が黒と認定されたケースなど山ほどあるのですから。


卑近な例ですと、税務署員は一人一人言うこと、つまり税法に関する屁理屈のつけ方が違います。それが許されているのです。いわゆる「裁量行政」と言われるものです。同じ税法に準拠しているにも拘わらずです。

人の法の適用、運用とは何といい加減なものでしょう。

そもそも、人の法を生み出す母体となる「法学」なるもの自体、「自然界に存在する絶対普遍の神の法則を発見し、これを応用する学問」である理学や工学等とは真逆の、しょせん未熟な人間の頭で考え出した単なるレトリック(修辞)に過ぎないのですから、それ自体が内包する限界があるのです。

なので、この普遍性、厳格性を欠いた適当さは、ある意味仕方のないことかも知れません。

他方、神の法は、人のそれほど甘いものではありません。人間の恣意性など介在する余地は全くありません。必ず機械的に適用されます。権力も富も全く関係ありません。しかも、絶対に間違うことがありません。いついかなる時でも正しく適用されます。

自然界を見渡してみて下さい。自然を動かす神の法則は機械的で間違うことがないでしょう? 自然科学によって発見された諸法則を可視化した定理や公式もそうでしょう?

私達が、この世を渡って行く上での拠り所するべき因果律と利他愛の法則は、それ等と同じ面上に存在しています。ですから、行ったこと、考えたことに応じて必ず機械的に、公平平等に適用されるのです。

なので、純粋な利他の思いと行為は必ず報われるのです。遥かに多く報われることもあるでしょう。神は、一つの例外も認めることなく厳しく自らの法を適用しますが、一方で、神はとても気前の良い存在(愛そのもの)だからです。

逆に、悪い事を陰で行って逃げ切れたと思っても、それは人間の浅薄な考え違いであることを知らなければならないでしょう。

天網は疎にして決して漏らすことはありません。神の法には絶対的な正義が貫徹されているからです。

噓つき映画

世の中には史実と反する内容の映画があります。

純粋な文芸上の観点から虚構を交えた方がより効果的だとの判断によるものもあるでしょう。しかし、特定の意図(史実の隠蔽、世論誘導や洗脳を目的としたもの等)を持った、けしからぬ作品もあります。

今日は、そのような作品を一つづつ、ご紹介することにしましょう。

『北京の55日』
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引用:https://movies.yahoo.co.jp/movie/20900/

義和団事件における北京籠城戦を映画化したものです。

この映画は、チャールトン・ヘストン演じる米軍人とデビッド・ニーヴン演じるイギリス公使が北京籠城戦を統率し、最も勇敢に戦ったという話になっています。

が、これは歴史的事実に反した真っ赤な嘘です。

籠城戦の事実上の指揮官である、日本公使館付武官であった陸軍砲兵中佐 柴五郎は、劇中ほとんど見るべき働きをしていません。スクリーンの中心には常に英米の俳優が立っているのです。

これは、明らかに人種偏見に基づくものです。

「世界の支配者たる白人が、有色人種の日本人指揮官の命令を受け、その下で働く姿を観客の面前に晒す」などということは、絶対にあってはならないことです。

白人は、常に諸民族の頭上に君臨し、脚光を浴びる存在でなければならないのです。

だから、絶対に真実に基づいて脚本を書くわけには行きません。しかし、北京籠城戦は、手に汗握る非常にドラマチックなもので、映画の素材としては大変魅力がある。

ならば、ウソをデッチ上げちゃえ。殆どの人は歴史の真実なんて知りやしない。わざわざ調べるような暇人も、そうはいないだろう。こう考えたのでしょう。

この映画が制作された当時は、インターネットなど存在しませんでしたから、真実を知っていたり、わざわざ調べたりする人は、歴史好きの一部の人に限られたでしょう。

私は、学生時代を含め、欧州白人や欧州系ユダヤ人(いわゆる「アシュケナージ系ユダヤ人」)達と長い間交流を持ってきました。なので、彼等の心の内を肌で知っています。「有色人種の分際で」という思いが、心の奥深くに根を張っているのです。

マスメディアの言うことを鵜呑みにしてはいけません。

もちろん、映画やドラマもマスメディアの一部ですから、信用してはいけないのです。自分達の利益になるのであれば、平気で嘘を言い、捏造を行います。

今は、情報を取り巻く環境が激変し、特定の意図に基づく情報操作等は、やりにくくなって来ています。しかし、今日(こんにち)においても、それが絶無だとは言えません。私達は十分注意しなくてはなりません。

では、事の真相はどうだったのでしょうか。書籍から少し引用してみることにしましょう。

『戦略上の最重要地である王府で日本兵が守備の背骨であり頭脳だった。日本を補佐したのは頼りにならないイタリア兵で、日本を補強したのはイギリス義勇兵だった。日本軍を指揮した柴中佐は、龍城中どの士官よりも優秀で経験も豊かであったばかりでなく誰からも好かれ尊敬された。当時日本人と付き合う欧米人はほとんど居なかったがこの龍城を通じてそれが変わった。日本人の姿が模範としてみんなの目に映るようになった。日本人の勇気と信頼性そして明朗さは龍城者一同の賞賛の的になった』
引用:『北京龍城』(ピーター・フレミング著)

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陸軍砲兵中佐 柴五郎

この籠城戦での出来事が、この後(のち)、「日英同盟締結」を大きく前進させることになるのです。


『アマデウス』
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引用:https://livedoor.blogimg.jp/clockworkorenge/imgs/4/2/4282ba0f.jpg

皆様の中にも、この映画をご覧になられた方がいらっしゃるでしょう。

この映画も史実とは大きくかけ離れています。ただし、何等かの偏見や特定の意図に基づいて作られたものではなく、文芸上の視点からフィクション部分を埋め込んだのでしょう。

この映画では、イタリア生まれの作曲家アントニオ・サリエリが、モーツァルトに「レクイエム(死者のためのミサ曲)」の制作を依頼した上で彼を毒殺し、その葬儀において、「自作のレクイエム」として演奏するという計画を立てたという筋書になっています。

が、事実は違います。 

モーツァルトに覆面を付けた使者を遣わし「レクイエム」作曲を依頼したのは、フランツ・フォン・ヴァルゼック-シュトゥーパッハ伯爵という貴族なのです。

彼は夫人を亡くしたため、彼女を追悼する曲をモーツァルトに注文しましたが、伯爵は、その「レクイエム」を自分が作った曲として演奏する腹積もりであったことから、自分の素性がバレないよう、上記のような奇妙な方法で頼んだというわけなのです。

何とも姑息で「小者感」が漂う伯爵です。

しかし、史実はさて置き、迷惑なのはサリエリです。この映画のおかげで、すっかりネガティブなイメージが定着してしまいました。それだけ秀逸な映画だったということでしょうか……

では最後に、サリエリの名誉のために、実際の彼をちょっとだけ紹介して、この記事を終わることにしましょう。

神聖ローマ皇帝・オーストリア皇帝に仕える宮廷楽長であったサリエリは音楽家を育てる教育に大変熱心で、経済的に困窮している弟子には無料でレッスンを行っていました。慈善コンサートを開いたりもして、とても尊敬されていたようです。

また、音楽家に老後を安心して過ごしてもらえるよう、共済組合のような組織を立ち上げたりと、音楽家の福祉の向上のために大いに働きました。

教え子にはベートーヴェン、シューベルト、リスト等、皆様もご存知の錚々(そうそう)たるメンバーが名を連ねています。

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アントニオ・サリエリ

自然な殺戮風景

Mataderos - Slaughterhouses | Investigación de Igualdad Animal - Animal Equality investigation←動画に飛びます。

殺戮が、ごく普通のありふれた風景だというのは、実に恐ろしい世界です。

皆様は、戦場の悲惨な情景や、ジェノサイド(民族浄化)の対象となって虐殺された犠牲者の痛ましい姿をご覧になれば、正視に絶えず顔をそむけたり、「ひどい」、「許せない」という気持ちが沸き上がって来たりするでしょう。

しかし、そのように強い義憤を感じ、「自分は平和を愛する正義の人だ」と信じている人々のほとんどが肉料理、あるいは動物性食材(乳製品、鶏卵等)を使った料理に舌鼓(したつづみ)を打っています。

また、愛玩動物を溺愛し、「自分は動物に優しい、慈愛に溢れた人間だ」と思っている人も、やはり、食事時にはビフテキや豚カツ、フライドチキンなどを好んで食したり、自分が飼っている愛玩動物に、家畜や犬猫の死体入りペットフードを平気で与えたりしています。

そのような人々は気付いていないのです。自分が、ジェノサイドの加害者側の人間や、無慈悲な畜産業者、あるいは悪魔のようなレンダリング企業の人間達と全く同じ種類の人間だということに。

それなのに、「自分は愛と正義の素晴らしい人だ」などと、とんだ勘違いをしているのです。何というお笑い種(ぐさ)でしょう。

もし、動物達が人間の言葉を喋ることが出来たならば、そのような人々に向かって、きっと、こう指弾するでしょう。

「お前が言うな!」と。

山の冬の生活

山の冬の生活を四つの言葉で表現すると、ズバリ、「寒さ」、「雪」、「水道管の破裂」、そして「ケモノ」でしょう。

では、一つ一つご紹介して行きましょう。

1.寒さ

冬は寒いのが当たり前じゃないか!とお思いの皆様、確かにそうなのですが、寒さの質が違うのです。

例えば、まな板の上に食材を載せておくと、あっと言う間に凍って調理できなくなってしまったり、冷蔵庫を開けると「あ~、あったか~」と感じたりすることがあります。

ただし、この寒さ、良い点もあります。冷凍品を庫外に放置しても、まったく解けませんので、冷蔵庫の中の大掃除には最適なのです。

本当は、ハイジとアルムおんじのように、冬には山を下りるのが正しいのでしょうけど、もうこれ以上モノ(←不動産のこと)は持ちたくないので、当分は現状で頑張るつもりです。

2.雪

ここは標高が高く、ドカ雪が降ります。大体、県境というのはどこも似たようなものでしょうが……

お庭の植木や車がすっぽりと埋もれてしまうほど降ることもあります。なので、雪かきの前に、まず、車や木々を掘り出さねばなりません。

山の麓(ふもと)まで除雪するには、丸一日かかります。せっかく除雪したのに、翌日には、すべて元通りなんてこともよくあります。

しかし、雪かきは、とてもいい運動になり、スカッと爽快な気分になれます(脳内麻薬が出る?)。悪いことばかりじゃないです。

3.水道管の破裂

もう何度も破裂しています。凍結防止ヒーターを入れているのですが、役に立ちません。お構いなしに凍ります。

なので、「危なそうだナ」と感じると、夜通し起きて二、三十分おきに水を出します。一晩中蛇口を開けて水をチョロチョロと出しっ放しにするというワザもあるのですが、もったいないのでやったことはありません。

一度凍ると、何日も復旧しませんので、ちょっと頭の痛い問題です。

4.ケモノ

冬にケモノ? ケモノは冬でも元気いっぱいです(熊を除く)。特にイノシシと鹿。

冬のイノシシは、ちょっと面白いです。ミミズを食べようとして、あちこちの地面を牙で深く掘るのです。なので、敷地内の地味(土の質のこと)は非常に良いです(笑)。

これを利用して畑を耕運できないものかなぁ。エコだし、燃料が要らないのでお財布にも優しいですから。

鹿は厄介です。冬は食べるものが少ないので、敷地内に入り込んで植木の葉っぱをムシャムシャしてしまうのです。丸裸にされる植木も可哀相ですが、鹿も生きるのに必死ですから、咎めることもできません。

もともと、ここはケモノ達の土地だったのだから、多少のことは我慢しないと……と自分を納得させる毎日です。


さて、山の冬のお話、いかがでしたでしょうか。

何でもそうですが、山の冬もコインの裏表。楽しいこともあれば、そうでないこともあるということでしょう。

青虫君 ― その後 ―

以前、『青虫君』、『青虫君 ― 追記 ―』というタイトルの記事を書きましたが、今日は、その後のアオのお話をしたいと思います。

昨年の十一月の終わり頃、アオはほとんど動かなくなってしまいました。以前から何も食べなくなっていたので、「悪い方向へ更に一歩前進してしまったのだ」と思いました。

何とかしたい一心で、アオが好む野菜を調べて直売所で購入し、その葉っぱを色々と日替わりで与えたり、「暖かくしてあげれば体温も上がり、食べてくれるかも知れない」と考え、昼はベランダの暖かい場所にアオを入れた容器を置き、夜は室温が低くならないように注意したりと、私なりに努力はして来たつもりでした。

しかし、そのような対策も効果が見られず、いよいよダメか……という事態になってしまいました。

「やはり、私ごときが育てようだなんて無理なんだな」と意気消沈し、「また今回も可哀相なことをしてしまった」と落ち込みました。この時点で、「恐らくアオは死んでしまったのだろう」と思っていました。

そして、「あと二、三日様子を見て、死んだことが確定したら諦めよう。それがアオの運命だったのかも知れない」と思うに至りました。

次の日の朝、アオをベランダに出す前に、ちょっと様子を見ようと、アオをくるんでいた葉っぱを少しめくったところ、昨日いた位置にアオがいないのです。「ん?移動したのかな。ということはアオは生きているのかも」と淡い期待で葉っぱを全部めくりました。

そうしたら、何と……

アオは、夜のうちにサナギになっていたのです!
(こんなサナギがモゾモゾと動いて皮を脱いだというのは、本当に不思議だなぁと思います)

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なりたてホヤホヤのサナギのアオ。透き通った緑が初々しい(横にあるのは、青虫時代の皮)

こんなに晴々とした嬉しい気持ちになったのは、遥か昔に受験した入学試験や資格試験の結果を知った時以来で、この高揚感と多幸感は、数日間続きました。

私の住んでいる山が本格的に暖かくなるのは六月頃です。なので、「本当にこのサナギの状態で、あと半年も生きていられるのだろうか」と心配にはなりますが、今はただただ見守るばかりです。
(容器の中にプチプチを敷き詰め、その上に、お化粧用コットンを載せ、さらにコットンを掛け布団のようにアオに被せています)


また、皆様に良いご報告が出来たら……と思っています。
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皆様、新年あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。

浅学非才の身ではありますが、少しでも皆様に楽しんで頂けるよう、工夫をして記事を書いて参りたいと考えております。

是非、今年も拙ブログをご愛顧賜りますようお願い申し上げます。

人産(じんさん) ― その2 ―

人に対しては認められないことが、なぜ、動物に対して許容されているのでしょうか。

それは、現状、この社会で畜産が広く行われ、種による差別が許容されているからです。

「動物達が可哀相(かわいそう)だ」と思いながらも、頬かむりをして、お肉、卵、乳製品を毎日のように摂取している人々が大勢いるでしょう?

ちょうど、本当は歩行者は赤信号を無視して横断歩道を渡ってはいけないのに、ほとんどの人が信号が青だろうと赤だろうとお構いなしに渡っているのと同じことです。

「皆がやっているから」「社会がそれを許容しているから」という思いが規範のハードルを低くし、乗り越えやすくしているのです。

動物性食品の摂取の場合でも同じことが言えます。

「畜産は残酷だ」「悪いことだ」と思いながらも、畜産製品を食するのは、皆がそうしているから、社会が種による差別を認め、畜産を支持しているからです。悪いこと、間違っていることでも、皆でやれば平気なのです。

私達は、このような、「種による差別を土台とする畜産システム」を許容している、誤った社会のあり方を突き崩して行かねばなりません。

合理的理由のない差別は、絶対的に悪なのですから。

もし、人に対する差別が許されないのなら(←当然そのように考えられています)、種による差別も許されてはなりません。「人産」が認められないのならば、畜産もやってはいけないのです。


社会で行われていることが正しいとは限りません。裏口入学、犯罪の揉み消し、いじめ、各種ハラスメント、児童虐待……これ等は、社会で行われていますが、悪いことです。畜産も、間違いなくその一つなのです。

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このような拙いブログを一年間ご愛顧下さった皆様、本当に有難うございました。心より感謝申し上げます。

2021年が皆様にとって、幸多き実りの年となりますように。

人産(じんさん) ― その1 ―

なぜ私達は、動物を拘束し、虐待、殺害する「畜産」を当たり前のように行っているのに、人に対しては、「人産」を行わないのでしょうか。

この地球上には、「人喰い人種」と呼ばれる人々が存在します。その人々にとっては、人間は普通に食材として認識されており、彼等の文化においては、これを食することは異常なことでも何でもありません。

また、飢餓に陥れば、人喰い人種ではない人でも、生きるために人間を食することもあるでしょう。※1

※1 飢餓のため人肉を食した人が、その味に魅了されてクセになり、食料があるにも拘らず、食人をした事件があります。


つまり、私達は人間を食材として扱おうと思えば十分できるのです。※2

※2 実際、現在でも中国には闇の「人肉市場」が存在するようです。人肉食は中国の伝統文化です。あの有名な孔子の好物は、醢(ししびしお:人間の肉の塩漬け)でした。

しかし現在、私達のほとんどは、食材として人間を飼養し、殺して精肉するということを行っていません。そのターゲットになるのは人間以外の動物のみです。

これは、何故でしょうか。

畜産ではなく「人産」を行うと刑法に触れる犯罪になるからでしょうか。

が、それは人間が勝手に決めた法律に照らして、そうだということに過ぎません。将来、「動物も人間と同じ権利を持つ存在である」との認識が当たり前のように共有される社会が到来すれば、畜産も犯罪になるのです。

動物は知能が低い低級な生き物だからでしょうか。

ならば、明らかに知能が低い知的障害者は「人産」の対象として良いでしょう。似たようなことを考えていたのがナチスドイツです。国の維持発展に寄与しない障害者達を絶滅させる『T4作戦』を遂行していました。

家畜は、そもそも家畜は食べるための存在、つまり、モノに過ぎないのだから、その目的に沿うように扱っても良いのでしょうか。

だとすれば、人喰い人種が人間を同じように扱って、大規模かつシステマティックに「人産」を行っても全く問題ないことになります。

また、イスラム国のようなテロ集団がやったように、拘束した異教徒の女性達を性奴隷として売買したり、凌辱(りょうじょく)したりすることも当然許されるでしょう。※3

※3 彼等の「正しい」イスラム法解釈としては、女性は戦闘の際の単なる戦利品、つまりモノであり、異教徒は同じ人間とは見なされないのだから、どう扱っても良い

が、現在、このようなことが許されると考える人は皆無に等しいでしょう。では、人に対しては認められないことが、なぜ、動物に対して許容されているのでしょうか。

その2へ続く

トゥルパ ― 空想上の聖なる存在:その3 ―

トゥルパは、私達が想像で作り上げたイメージに高次の存在が宿る(あるいは、高次の存在が私達のイメージを通して具象化する)ものですから、日常的なつまらない質問や、自分が得をする方法、良い思いをする方法などを訊いても答えてくれないでしょう。

占いのツールではないのですから、それは仕方がありません。

皆様が困難に直面し、アドバイスが欲しい時には、ぜひトゥルパに訊いてみて下さい。きっと、自分では思いもしなかった視点や考え方を提示してくれるでしょう。

また、人生に疲れてしまった時、そっと瞳を閉じて、トゥルパの姿をイメージし、会話をしてみて下さい。優しく癒してくれるはずです。

トゥルパは、皆様を導くレベルの高い存在であると同時に、友達や恋人のような気の置けない一面も持っています。どうか、末永く仲良くして、一緒に幸せになって下さい。

おまけ:

私は、自分で造り出した聖なる存在(←女性)の声を二度ほど聴いたことがあり、「私は守られているんだな」と感じたことがあります。

また、一度だけですが、夢の中に現れたこともあります。何も言わずに微笑んだだけですが、草原の土手の道を一緒に並んで歩き、とても幸せな気分に包まれました。今でも、その風景とその時の気持ちをハッキリと思い出すことが出来ます。

本当のところ、私が造り出した存在かどうかは分かりません。もともと、この世とは異なるいずれかの次元にいた存在を、単に私が認識した(知った、あるいは、出会った)だけかも知れません。

トゥルパ ― 空想上の聖なる存在:その2 ―

では、以下で具体的な方法を述べてみましょう:

(第一段階)
目を瞑り、自分の好む聖なる存在(現時点で実在していない方が良いでしょう。自分で自由に色付けが出来ますから。例えば以下の画像のような人物)を強く、外観だけでなく、性格や声、名前も含めて出来るだけ詳しくイメージする。

いつ目を閉じても全く同じ存在がイメージ出来るまでこれを繰り返す。

聖母マリア1


(第二段階)
上記が完全に出来るようになったら、今度は、その聖なる存在に何か質問してみます。

初めの頃は、「自分で質問して自分で答える」ことになるでしょう。しかし、これを辛抱強く繰り返していると、ある時、ふっと、自分が考えもしなかったような答えが返ってくることがあります。

この段階にまで達することが出来れば、自分の頭の中にトゥルパが作成されたことになります。

(第三段階)
ここからは、頭の中に存在しているトゥルパを実体化する作業が始まるのですが、非常にオカルト的になって来ますので、ご興味がお有りの方のみ、ネット、書籍等でお調べになって実践なさってみて下さい。

数年前、精神世界系の作家として有名な斎藤啓一先生がお書きになられた文章をネット上で見かけました。探せば見つかるかも知れません。ひょっとしたら、先生のご著作の中だったかも知れませんが……。

この段階が完了すると、姿が見える、声が聞こえる、ハッキリと気配を感じる等の現象が生じて来るようです。


第二段階を完了させるだけでも、かなりの根気と時間が必要な場合がありますし、これだけでも、「人生を歩む上での拠り所となる聖なる存在を持つ」という目的を達成することが出来ますので、十分ではないかと思います。

ご注意:

この作業の目的は「人生を歩む上での拠り所となる聖なる存在を持つ」ということに尽きます。決して、邪(よこしま)な気持ちで行わないで下さい。未熟な霊的存在の恰好の「からかい」の対象となり、やがては身の破滅をもたらすことになるでしょう。

この状態が医学で言うところの「解離性同一性障害」という精神の病なのかも知れません。

トゥルパ ― 空想上の聖なる存在:その1 ―

皆様は、「トゥルパ」なる言葉をお聞きになられたことがおありでしょうか。

トゥルパとは、チベット密教の秘術によって作られた人工的な霊体(化身)を言います。

とてつもなく突飛な話ですが、数年前ネット上でこれが流行っていました。宗教的修行のためではなく、恋人や友達にするためにトゥルパを作るというブームだったようです。

また、心理学や精神医学の方面では、このような空想上の存在のことを「イマジナリーコンパニオン」とか「イマジナリーフレンド」などと呼称し、それに関するサイトや、専門的な著述も出ています。

精神が形成される途上の不安定な子供の頃に、このイマジナリーフレンドを持っていたという人は少なからず存在しますが、成長するにつれ、それに関する記憶や繋がりの密接度が徐々に薄れて行くようです。

大人になってからも、自分が作り出した存在と生活しているという人は珍しいかと思います。

今回話題にしている「トゥルパ」なるものは、精神形成が完了した大人が、自らの意志で自らの拠り所(例:指導者や相談相手、癒しを与えてくれる者)となる存在を作り出そうとするものです。

瞑想指導の大家(たいか)であった故山田孝男氏が「内なるグル(←「グル」とはヨーガの指導者のこと)」と呼んだ存在は、基本的にこれと同じものでしょう。

しかし、本当にそんなことが出来るのでしょうか。

私は可能だと考えます。

ある一定の想念を長期間強烈に保持し続けると、非物質世界の次元でその通りの形体を取るようになります。

「イエス・キリスト、聖母マリアや仏の姿、あるいは天狗や妖精のような自然霊的な存在の姿を見た」という体験をなさった方は、このような理由で、それ等を目撃したのだと思います。

つまり、人間のマインドには、想念を非物質的なレベルで映像化する能力があるのです。

その2へ続く

豚の三語の生涯

それは、レイプ、拘束、そして屠殺です。

この動画には、この内の一つである「拘束」が映し出されています。

皆様、どうか「若く元気で、活発に活動することが出来るにも拘わらず、薄暗い部屋の不潔なベッドに縛り付けられ、固定された状態で生涯を過ごす」という、ご自分の人生をご想像なさってみて下さい。

立つことも座ることも出来ません。もちろん一切の娯楽もありません。寝ることしか出来ません。

しかし、そうそう寝てばかりもいられません。体を一切動かしませんから、疲労を感じることもなく、いずれ眠れなくなります。

そうなると、ただ、ひたすら横たわるのみです。それが皆様の人生の全てとなります。

それでも、「耐えられる。何でもないよ」と心から確信を持って断言できる方は、どんどん豚肉を召し上がってよろしいでしょう。

その人は、「自分がされて嫌なことは、他の存在に対しても絶対にしてはいけない」という根本的な神の法(真理)を何ら犯していないからです。

しかし、そうでない方々が豚肉を食するということは、ご自分がされて嫌だと感じることを、他の存在に対して平気で行っていることになります。

なぜなら、豚肉を食するということは、「さんざん拘束して苦しみを与えた挙句、無慈悲に殺し、解体処理をして食べる」という養豚の一連のプロセスの最後の「締め」としての行為だからです。


https://youtu.be/zbiUrDklfIA

平飼い卵≒バタリーケージの卵

「≒」は、「ほとんど等しい」という意味で「ニアリーイコール(nearly equal)」と読みます。つまり、平飼い卵とバタリーケージの卵は、ほとんど変わらないということです。

卵食べたさの余り、平飼い卵に逃げている人は多いでしょう。そして、後ろめたさを忘れるために、「私は、鶏達のために、より良い選択をしたのだ」とご自身を騙しているのです。

では、ここで、皆様がもし奴隷の境遇に置かれていたら……と仮定して考えてみましょう。

1. A農場は、無慈悲な農場です。食事は一日に古くて痛んだパン100グラム程度を支給するだけです。住環境も劣悪です。ギュウ詰めのあばら家はダニ、ノミ、南京虫などがうじゃうじゃ。もちろん、お風呂もお手洗いも冷暖房もなし。しかし、労働時間は長く、生産ノルマは厳しい。達成できないと見せしめのために手足を切断したりします。

2. B農場は、A農場よりあらゆる面で多少ましです。しかし、農場幹部に「コイツは生産性が落ちたな。もう用なしだ」と判断されれば、回収業者がやってきて連れて行かれ、容赦なく処分、つまり、殺されます。殺害方法も効率最優先ですから、安楽死など望むべくもなく、生きたまま喉をナイフで掻き切ったりという惨い方法を採ります。

3. C農場は、心ある農場主によって経営されています。労働はそれなりにきついですが、良い福祉が維持されています。そして、最後は慰労金を給付し、必ず自由の身にしてくれます。

この三つのうちで、より良い選択とはどれですか?

3.に決まっているでしょう。1. は論外として、誰が好き好んで2. を選ぶでしょうか。

しかし、自分を誤魔化して平飼い卵を食したり、推奨したりしている人々は、より良い選択として2. を選ばなくてはなりません

2.の B農場の奴隷達は、平飼い鶏と全く同じ処遇を受けているのですから、この境遇を鶏達に強いるのであれば、「自分が同じように扱われても全く問題はない」と心の底から考え、かつ、そのような扱いを受けることを実際に許容できる人でなければならないからです。

平飼い卵を食したり、推奨したりしている人々は、天地神明に誓って、このように断言出来る人達なのでしょう。

平飼い鶏も、卵を産めなくなって「用済み」と判断されると、業者によって回収され、劣悪な環境に置かれた後、生きたまま首を切られたり、熱湯に漬けられたりして殺されます。

もし、3. を選ぶようならば、「自分がされて嫌なことは、他の存在に対して絶対にしてはならない」という神の根本法を犯しながらも、恬(てん)として恥じない自己中心的な卑怯者ということになるのです。

さて、皆様は何番をお選びになられるのでしょうか。

ご参考:バタリーケージ鶏と平飼い鶏

宮廷画家と宮廷音楽家 ― その3 ―

思うに、宮廷音楽家とは、言ってみれば、実体のない、短時間で消えてしまう機会芸術を提供する「音楽の便利屋」あるいは、その場を盛り上げるためだけの「音楽芸人」的な位置付けがなされていたのではないでしょうか。

そのような認識が、宮廷音楽家の地位の低さに反映されているような気がするのです。

日本でも、歌舞伎役者をはじめ芝居関係者、浄瑠璃師、猿楽師等の機会芸能を提供する存在を「河原者(かわらもの)」と呼んで、蔑視していました。また、歴代中国王朝でも楽士の地位は低いものでした。

一方、画家※1は、音楽家と同様の職人的立場にあったとは言え※2、絵画、特に肖像画は、写真のなかった当時において、自分やその家族の栄光を長きに渡って視覚的に後世に伝えるための唯一の手段だったので、特に重きが置かれたのではないかと思います。

つまり、宮廷画家は単なる「目を楽しませる物品を制作する職人」ではなく、雇い主たる王侯貴族一家の歴史を絵画の形で残す「記録責任者」という重要な役目を担っていたのではないかと考えるのです。

また、時代が下り、持ち運びが可能な大きさの油絵が登場すると、それ等が資産として取引の対象とされるようになったため、著名な画家の絵画を収集、所有することは自らの富の象徴となったことでしょう。高価な絵画が献上品、贈答品、下賜品として使われたのかも知れません。

ちょうど、中世、近世日本においても、名だたる刀匠(とうしょう)の手による名刀を数多く所有することは、富裕さと権勢を示す恰好の指標となり、大名家同士の贈答品や、家臣への下賜品として大いに活用されたように。

そのような意味でも、名を知られた画家は裕福な特権階級の人々からの需要が高かったのではないでしょうか。実際、宮廷画家に美術品収集責任者としての公式の役職を与えている王族、貴族が存在したのもこのような理由からでしょう。宮廷画家は美術品鑑定家としての立場を兼ねる場合もあったというわけです。

それとは反対に、音楽は無形の芸術ですから、音楽自体にこのような資産性を付与することは無理ですし、そもそも、当時の音楽というものは、音楽出版社から商品たる楽譜※3を借りたり購入したりした後、指揮者や楽器演奏者を集めて音楽会を開き、王侯貴族や一部の富裕層が演奏を楽しみ、それに対する対価として褒美を与えるという形で成立していたのであり、取引の対象のようなものではなかったのです。

結局のところ、以上のような、両者が提供するサービスや財の重要性の違い、および、それ自体の資産性の有無という理由から、両者の地位に格差が生じたのではないかと思われるのです。

さて、皆様は、いかがお考えになられるでしょうか。

※1 中世ヨーロッパと同様、日本でも高い地位に登った絵師がいます。狩野家は時の権力者と結びつき、江戸時代には、狩野四家(中橋狩野宗家、鍛治橋狩野家、木挽町狩野家および浜町狩野家)は、奥絵師(御用絵師)として、お目見え格旗本(将軍に対面できる旗本)と同等の高い家格であり、苗字帯刀が認められていました。

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狩野永徳筆、唐獅子図

※2 高い地位にあった職人の他の例としては、江戸幕府において、留守居役、ついで勘定奉行の支配下に置かれた、金貨の鑑定と検印、および小判師(こばんし)と呼ばれる職人達の統制を職務とする「御金改役(ごきんあらためやく)」という公儀の役職に就いていた金工職人の後藤家を挙げることが出来ます。

後藤家は、日本刀の拵- こしらえ- に装着する金具の制作で、つとに有名であり、その作品は、美術品として高く評価され、非常に高価です。


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初代後藤祐乗(ゆうじょう)作の金具、倶利伽羅龍(くりからりゅう)の図
(金具が三種類の場合は三所物 - みところもの - 、二種類の場合は二所物 - ふたところもの - と称します)。現在の貨幣価値に換算すると、約千七百万の値が付いていたという記録があります。
引用:https://kougetsudo.info/tousougu/syodai-goto/

※3 グーテンベルグの発明による活版印刷で作成した楽譜が、16世紀頃から流通し始めましたが、この流れに乗って、音楽出版社が有名作曲家やヒット曲の譜面を貸与、あるいは販売するビジネスが確立して行きました。

宮廷画家と宮廷音楽家 ― その2 ―

一方、宮廷音楽家とは異なり、一般的に、宮廷画家は宮廷内における正式な地位(valet de chambre※1など)が与えられました。加えて、邸宅までも付与されることがあったようです。そして、宮廷画家の中には、高い地位に登った者もいました。

その何人かをご紹介しましょう:

※1 「valet」とは、従者、側用人のこと。仏語では最後の「t(テー)」は発音せず、「ヴァレ」となります。「chambre」は部屋を意味します。日本語では「valet de chambre」は「近侍」と訳されています。

ディエゴ・ベラスケス
ベラスケスは24歳の若さで宮廷画家としてデビューした早熟なスペインの人です。彼は、宮廷装飾の責任者、王の代理たる美術品収集担当者、王の側近としての地位に登り、貴族に列せられることになります。

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ベラスケスの肖像画


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『教皇インノケンティウス10世』(1650年)
これは、近くで見ると、荒々しい筆の運びで描かれているように思われますが、少し離れたところから眺めると、教皇の赤いマントの光沢が実に滑らかで写実的だと感じる不思議な絵です。このような、油彩画の卓越した技法がベラスケスの特長と言えるでしょう。

ヤン・ファン・エイク
オランダの画家です。これまで仕えていたバイエルン公ヨハン3世が死去した後、当時大きな権力を持っていたヴァロア家のブルゴーニュ公フィリップ3世に迎えられました。フィリップ3世の代理として外交官の役割を務めることもあったようです。

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ターバンの男の肖像(1433年)←彼の自画像の可能性があります。

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『ティッセンの受胎告知』(​1437年頃)
これは彫刻ではなく絵です。「神の手を持つ男」と評された高い技量を持っていたことがお分かり頂けるでしょう。

ピーテル・パウル・ルーベンス
『フランダースの犬』のネロが、命と引き換えにしても見ることを熱望した、あのルーベンスです(以下に掲載の二枚の絵を見ることがネロの夢でした)。ルーベンスは、外交官としても活躍し、スペイン王フェリペ4世とイングランド王チャールズ1世から「ナイト(騎士)」の称号を受けています。

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ルーベンスの自画像(1623年)


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『キリスト昇架』ルーベンス33歳の頃(1610年)の作
引用:http://www.a-dog-of-flanders.org/8-2-2.html

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『キリスト降架』ルーベンス35歳の頃(1612年)の作
引用:http://www.a-dog-of-flanders.org/8-2-3.html

調べれば、他にも高い地位に登った宮廷画家はいるでしょう。

では何故、このような差が生じたのでしょうか。宮廷音楽家は職人的な存在であり、宮廷画家は芸術家としての地位が確立していたからでしょうか。

どうも、そうではないようです。宮廷画家も、やはり職人としての地位しか認められていなかったようです。

同じ職人的な存在としてしか認識されていなかった二者の間に横たわる溝が生まれた理由は、一体何なのでしょう。

ハイドンのような著名な存在※2ですら召使として扱われた宮廷音楽家と、これ等の高位に登った宮廷画家との間に違いをもたらしたものとは、何だったのでしょうか。

※2 ハイドンは、当時すでに有名な音楽家でした。

その3へ続く

宮廷画家と宮廷音楽家 ― その1 ―

この二つの職業は、「宮廷に仕える芸術家※1」という点で共通していますが、どうも似て非なるもののようです。その理由はいくつか考えられるのですが、これから三回シリーズで、まず、宮廷画家と宮廷音楽家の立ち位置を概観し、その後、その違いを生み出すに至った理由について考察して行きたいと思います。

※1 正確には、この二者はいずれも「職人」として扱われていました。

それでは、これから、詳しく見て行くことにしましょう。

第一回目は、宮廷音楽家についてです。

バロック音楽の時代※2や古典派音楽の時代※3には、音楽家の地位は、低かったようです。芸術家というより、むしろ「宮廷に雇われる召使い」という認識でした。

実際、当時の新聞に『音楽召使求む』という求人広告が出ています。雇用条件として、「通常の召使としての業務もこなさければならない」とありました。

※2 1600年から1750年までの約150年間
※3 1750年~1820年頃まで

また、服装についても、自分の好みのものを着用することは出来ず、カツラを被り、華美な服を着て、白い靴下を履くことが求められていました。

このファッションが自分のセンスと真逆だったりした場合、芸術家は、個性が強く繊細な感性の持ち主が多いので、この装いを強要されることは、精神的な負担となったことでしょう。

確かに、宮廷音楽家として一度雇用されると、身分と給料は保証されましたから、当時の音楽家にとって、その地位は垂涎の的だったようです。が、それとは裏腹に宮廷内における地位はとても低いものでした。

作曲家が自分の曲を売って生活できるようになったのは、ようやく十八世紀も末になってからのことです。それまでは単なる使用人としての地位に甘んじざるを得ませんでした。

皆様もご存知の、「交響曲の父」と呼ばれるフランツ・ヨーゼフ・ハイドンは、ハンガリーの名門エステルハージ家の楽長を約30年間勤めました。彼が書いた手紙の中には「いつも召使でいるのは本当に悲しいことです。」と苦しい心情を吐露した一節が残っています。

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ハイドンの肖像画(トーマス・ハーディ作)

宮廷音楽家の具体的な仕事は、以下のようなものでした:

・主人である貴族が主宰する晩餐会に登場する瞬間に合わせて奏でる音楽を作る、または、それを指揮、演奏する
・主人である貴族が主催する音楽会のための音楽を作曲する、または、それを指揮、演奏する
・晩餐会における晩餐中のバックミュージックを作る、または、それを指揮、演奏する
・貴族達のピクニック、私的な集まりや、祝典、冠婚葬祭において場を華やかなものにしたり、雰囲気を盛り上げたりするためのバックミュージックを作る、または、それを指揮、演奏する
・主人の邸宅に招かれたお客のリクエストに応えて、お客の好みの音楽を演奏する 

つまり、雇主たる貴族やその仲間達が楽しみ、そして喜ぶことが作曲、演奏の何よりの目的であり、この古典派の時代までは音楽は宮廷や貴族の単なる娯楽でしかありませんでした。

そして、短時間で消えてしまう「その場限りの曲」を貴族に命ぜられるがまま大量かつ迅速に作り、そして、それを指揮したり、演奏したりする職人的な仕事を求められていたのです。

現在、クラシックの名曲と評されるものは、宮廷における様々な催しのために作られた音楽の中のほんの一握りの「ヒット曲」に過ぎません。どれだけ多くの楽曲が、一回限りの演奏で忘れ去られ、消え去っていったことでしょう。


参考文献:
H・C・ロビンズ・ランドン、海老澤敏監修『モーツァルト大事典』平凡社(1996年版)
後藤真理子監修『一冊でわかるクラシック音楽ガイド』成美堂出版(2004年版)

その2へ続く

タイムラグのない畜肉 ― 加筆再掲 ―

屠殺と畜肉の購入・消費との間に横たわるタイムラグをなくしてみると、こうなります。皆様は、こういったものを食しているわけです。

屠殺と畜肉の購入・消費との間には、家畜達の悲鳴や、最後のもがき、また、血塗られた壁、床に流れる湯気の立つ大量の血、屠殺場に籠(こも)る腐った血の臭いが必ず介在します

こま切れやミンチ、あるいはステーキのような適度な塊に処理された食肉のみに接している限り、これが、かつて命を持った動物の一部であったことには気付きません。

況(いわん)や、「お肉を得るためには、このような凄惨な現場が不可欠である」ということに思い至ることなど一生ないでしょう。

そこで、このタイムラグをなくしてみたのが、この動画というわけです。

果たして、一体何人の人が、この動画のような血の溢(あふ)れる畜肉を、何とも思わずに調理し、「美味しい!」と舌鼓を打つことができるでしょうか。


http://youtu.be/lHdLRrUocOA

動物解放戦線 ― 加筆再掲 ―

この動画には、他人の管理する畜産農場に動物解放戦線のメンバーが侵入し、動物達を搬出して解放するシーンや、二度と使用されないよう農場に放火し棄損するシーン等が映し出されています。

これは、私達の住む社会では犯罪とされる行為です。法律で予め禁止された行為だからです。ですから、こういうことは、やってはいけないのです。

しかし今日は、このような形式的で単純な思考ではなく、この行為の本質を深く掘り下げて、その当否を検討してみることにしましょう。

実は、この動物解放戦線の行ったことと、その本質を同じくする、誰もが知っているであろう行為があるのです。そして、それは英雄的行為として称賛されているのです。お分かりになられますでしょうか。

それは、「連合軍兵士によるナチスドイツの強制収容所解放」なのです。


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解放されたダッハウ強制収容所
引用:https://oklahoman.com/gallery/articleid/5494922

連合軍が遠からず進撃して来ることが確定的となった時期においても、未だにナチスドイツ(以下、「ナチス」と略します)の有効な法律に基づく管理権が及んでいた収容所はありました。つまり、収容所幹部が一部残っていたり、あるいは仮に幹部達が逃亡した後であっても、管理を任された看守兵が存在している収容所があったのです。

連合軍兵士達は、このナチスの管理権を侵害し、収容所に不法侵入して収容所職員を殺害し、ナチスの法令下では収容所に収監されなければならないとされた人々を解放してしまったのです。これは、ナチスの立場からすれば、許されない犯罪行為ということになるでしょう。

この連合軍の、いわゆる「英雄的行為」と動物解放戦線による家畜の解放は、一体どこがどう違うのでしょうか。

その本質において、この二つの行為は全く同じなのです。

人間と家畜は命の価値が違うから同列には論じられない? それは種によって差別をする行為です。差別は許されませんから、そのような理屈は通用しません。

収容所の解放は、道徳的、倫理的見地からの緊急性があったから許される? 動物解放戦線による家畜の解放にも、同様の見地からの緊急性は認められるでしょう。行動しなければ、家畜達が今日、明日にでも無残な最期を遂げなければならないことは明白なのですから。

どこからどう考えても、この二つの行為は、その本質において何一つ違いはないのです。

つまり、動物解放戦線による行いは、連合軍兵士達の行為と同様の、紛れもない「英雄的行為」なのです。

これに対する有効な反論は、この世に存在しない可能性が高いでしょう。このような視点を持って、この動画を見る時、従来とは全く異なった感想を抱くようになるかも知れません。

Behind The Mask - Animal Liberation Front


https://youtu.be/-oPazX8UUU4

数秘学 ― その2 ―

マスターとは何でしょうか。日本語では「大師(たいし)」と訳されています。「大いなる師」です。この語感だけからは、何か偉い人のような印象を受けます。そこで、「やった!マスター数を持っている俺(私)は凄い人なんだ!」と誤解をしてしまうのです。

しかし、そのような捉え方は余りに皮相的というものです。

マスター数を持っている人は、「凄い人」なのではなく、「凄い人になるために、凄い努力を強いられる運命の下(もと)にある人」です。初めから「凄い人」なのではなく、不断の努力によって「凄い人」にならなければならないのです。

マスター数は、普遍的で高い潜在力を持つ数であり、具体的には、11は2の、22は4の、そして33は6の性質をオクターブ高くしたもの考えられています。よって、マスター数を持った人は、その数の持つ潜在力を正しく表現出来る存在になれるよう常に自己を高める努力をしなければなりません。

もし、そのような高い波動(周波数)に自己を同調させる努力を怠り、惰性的な生活に身を委ね、利己的な人生を生きていると、あっという間に転落し、損失や破滅に直面して何度でもやり直しを強いられる苦しい一生を歩む羽目になります。

なぜなら、マスター数を持っている人は、「最大多数の幸せと福祉の向上を実現するための奉仕者として、人々を正しく導く」という特別な使命を持って生まれて来ることが多いからです。

ただ、その使命を自覚し、それを果たさんと、長く険しい道のりを歩き続けることが出来る人は、そう多くはないでしょう。

私達は、自らが完全に習得するまでは、人を導く立場に立つことは出来ません。他の存在に対する太陽たらんと欲する者は、まず、自らの内に太陽を持たねばならないのです。そうでなければ他者を照らすことは出来ません。

しかし、それは「言うは易く行うは難し」の羊腸(ようちょう:「幾重にも曲がりくねっている」の意)たる苦難の道となります。

ですから、一般的には、マスター数も一桁の数に変換し、11→2、22→4、33→6として解釈するのが良いのかも知れません。

しかし、この記事をお読みになり、何かをお感じになられたマスター数を持った皆様は、是非、そのインスピレーションに従って、「人類の奉仕者たらん」というモットーの下(もと)、毎日を送るようにして下さい。そのようにすることで、必ずや、多くの善なる高次の存在が、皆様を取り囲んで守り、鼓舞し、成功の道へと導くでしょう。

最後になりましたが、マスター数33をお持ちの方は、特に注意が必要です。33は「菩薩」を表す非常に高い波動を持つ数だからです。この数のパワーに同調し、その意味を完全に表現できる人は、極めて限られるでしょう。

33の人は、あらゆる人(および、人以外の存在)の苦悩と同化し、そこから救い出してあげたいという切実な思いを胸に秘めています。そして、歳を重ね、経験を経るに従って、「人々(および、人以外の存在)の幸せ=自分の幸せ」と、心から感じられるようになる人も現れて来るでしょう。

しかし、言うまでもないことですが、菩薩には、そう簡単になれるものではありません。さまざまな艱難辛苦を散々舐めて、舐めて、舐め尽くした後に、初めて修行のスタートラインに立つことが出来る、そのような厳しい道です。

もし皆様が、33という数が示す通りの人生を生きたいと心から望むのであるならば、どうか、この覚悟で人生を歩んで下さい。そうすれば、貴方(貴女)は、間違いなく人類のマスター(大師)にふさわしい仕事を成し遂げることが出来ることでしょう。

数秘学 ― その1 ―

皆様は、「数秘学」というものをご存知でいらっしゃいますでしょうか。数を用いて人間の基本的運命や、この世での使命、性格等を分析し、これを割り出し、人生に役立てようとするものです。

これはピタゴラスの時代から存在します※1。ピタゴラスは「自然は数学的秩序で成り立っている」と考えていました。

確かに、自然界や、その中に暮らす動植物達自身は、数学を全く知らないであろうに、高度なそれを駆使したとしか思えないような見事な造形美を私達に見せてくれます。皆様も、雪の結晶の拡大写真をご覧になったことがおありでしょう。


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引用:https://urabandai-kougen.com/event/exhibition_02.html

また、なぜ鉱物の隣り合う結晶面のなす角度は一定となるのか(面角一定の法則 )※2、巻貝はなぜ対数螺旋を形成するのか※3、原子や分子の構成はなぜ一定のパターン(例:化学の周期律)をとるのか等を考えると、確かに、この世の事物はすべて数学的法則に支配されていると言えそうです。

※1 遥か昔から人類は、自らの運命や使命を知りたいという熱い欲求を持っていたということの証でしょう。

※2

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面角一定の法則 (水晶を例にとると、六角柱状の隣り合う柱の結晶面のなす角度はすべて120°になる←鉱物の種類により、この角度は異なります)
引用:http://tree-ct.sakura.ne.jp/messena/VM/QUARTZ/c1_1.html

※3

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オウム貝は綺麗な対数螺旋を形成する
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BE%E6%95%B0%E8%9E%BA%E6%97%8B#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:NautilusCutawayLogarithmicSpiral.jpg

このようなことを考えると、人間も自然の一部ですから、私達が展開する個々の諸活動や、その集大成たる人生、そして命運も数学的秩序の下にあると考えるのが自然なように思われます。このような発想から、「数秘学」は生まれたのでしょう。

数秘学における具体的な運命数の計算方法:

生年月日の数を全て足して、1から9までの一桁の数に変換します(ただし、途中で11、22、33が出た場合は、そこで計算を止めます。この三つの数は「マスター数」と呼ばれ、特別な数と考えられています)。

例) 1991年12月31日生まれの場合、1+9+9+1+1+2+3+1=27 なので、更にこれを一桁にし、2+7=9とします。結局、この人の運命数は「9」ということになります。

それぞれの数が持つ意味についての解説は、書籍やネット上の情報源に譲ることとし、次回は、11、22、33のマスター数を持つ人々に向けてお話をしたいと思います(そうでない方々には申し訳ないのですが、一つの雑学としてお読み下さい)。

その2に続く

畜産と戦争

「畜産は動物を食料にする目的で飼養する行為だけれども、戦争は人間同士の殺し合いだ。全然関係ないよ」とお思いになられるかも知れません。

しかし、大いに関係があります。何故なら、どちらも、人間の残虐性が発露したものであり、同じ根を持っているからです。

ロシアの文豪トルストイは、『この世に屠殺場があるかぎり、戦場はなくならない』と言いました。この名言は、まさに、このことを表現しているのです。

屠殺場に慣れ親しんだ肉食民族が繰り広げた歴史は、殺戮の見本市のような凄惨なものです。

スペインのコンキスタドール(征服者)達のインディオに対する、オーストラリアのアボリジニに対する、アメリカのインディアンに対する、通州事件における中国の日本人に対する、ナチスドイツの他民族に対する、そして、ベトナム戦争における韓国人のベトナム人民に対する残虐行為に思いを致す時、このトルストイの言葉が鋭い説得力を持って迫って来るのです。

意外なことだとお感じになられるでしょうが、街中で遭遇する、「戦争は絶対反対!」「憲法九条を守ろう!」などと絶叫する市民団体も、この屠殺場に慣れ親しんだ肉食民族と同じ類の人々です。なぜなら、このような主張をする人々の殆どが、畜肉を食べ、動物性食品を摂取しているであろうからです。

その人達は、阿修羅像のように多面的な顔を持った偽善者だと言えます。前面の顔では虫も殺さぬフリをして命の大切さを力説し、裏面の顔では、牙を剥いて血の滴る動物を貪り食うのです。まさに、「お前が言うな!」と批判されても仕方がない人々と評することが出来るでしょう。

そのような人々は、本当の平和主義者ではありません。本当の平和主義者は、人間だけでなく、すべての命を尊び、これを守ろうとする人(=ヴィーガン)だからです。

自らの欲望を優先し、他の存在(家畜)の苦しみ、悲しみ、そして痛みに寄り添おうとしない人々、自らの残虐性に向き合う(気付く)ことすら出来ない人々の言葉は、ただ虚しく空気を振るわせるだけで、誰の心にも響くことはありません。

戦争反対や憲法護持の市民運動が、胡散臭いイメージのみを与えて、まったく盛り上がらない真の理由は、この辺りにあるのではないでしょうか。

青虫君 ― 追記 ―

以前、『青虫君』という記事を書きましたが、記事をアップロードした後、ヨトウガ(夜盗蛾)の幼虫の画像を改めてじっくり眺めてみたところと、私のアオとは何か違うような……ということに気が付きました(←しかし、記事をアップしてから疑問に思うとは、何というマヌケな私)。

アオは、ちょっと濃い目の緑色の線が背中に三本入っているのです。ちょうど西瓜(すいか)の模様のようにです。「ひょっとしたら、アオはヨトウガではないのでは?」と思いネットで調べてみました。

情報がありました。アオは、ヨトウガではなくタバコガ(煙草蛾)という蛾の幼虫だったのです。↓これです。


あお1
西瓜の模様がチャームポイント♪
引用:https://blog.goo.ne.jp/fuyu325/e/4cc8cdb3fc47f88f05ec88d0b2dcef05

成長した姿がこれです↓


あお2 (2)

あお3 (1)

あお4
立派に大きくなりました
引用:https://blog.goo.ne.jp/fuyu325/e/4cc8cdb3fc47f88f05ec88d0b2dcef05

白くてモフモフしていて可愛いですね。蛾が可愛いとは、今の今まで考えたこともありませんでした。

また、青虫を、このような全く異なった姿に変態させる自然のメカニズムの凄さを、改めて感じました。とても人間技の及ぶところではないですね。

この画像をお借りしたブログの主様は、見事に育て上げ自然に還されたそうです。私のアオも、こんなふうに巣立ってくれたらなぁ……


風に乗って♪←画像元のブログ。主様は、いろいろな生き物を育てていらっしゃいます。是非、ご覧になってみて下さい。

神も仏もあるものか

「人は皆平等」とは大ウソです。これほど虚しく響く言葉も珍しいでしょう。

生まれ落ちた瞬間から貧富の格差があります。容姿の格差があります。生まれた家が裕福であれば、その後の人生における選択肢が広がります。美男美女であれば得することも多いでしょう。

また、生まれつき病弱な人と壮健な人がいます。親が社会的な力を持っている場合は、コネを使って楽に世渡りが出来るでしょう。

だから、「この世は不公平だ。神も仏もあるものか !」と文句の一つも言いたくなる、というわけです。

しかし、この不平の言葉は、その出発点から間違っています。

皆様は、CBT(computer based testing)という試験の方法をご存知でいらっしゃいますでしょうか。従来の、紙に印刷された問題と答案用紙ではなく、コンピュータを使って受験する試験です。

この中の適応型(adaptie)と呼ばれる形式の試験は、受験者の能力レベルに合わせて逐次出題内容が変化して行くもので、間違えた解答をすると、その後の出題内容が易しくなるのです(もちろん、易しい問題の配点は低い)。

ということは、同じ試験会場で同じようにコンピュータのキーを叩いている受験生は、それぞれ全く別の問題を解いている可能性があるのです。

私は、この試験形式を知った時、「まさに、これは私達の人生の縮図だ」と感じました。

私達は、この世という同じ土俵の上に生まれ、そこで他人をチラチラと横目で見ながら、羨ましがったり、妬んだりして、少しでも他人より良い思いをしたり、良い生活をしようとシャカリキになっています。しかし、それが、そもそもの誤りなのです。

確かに、私達は同じ空間を共有し、同じように生きているかのように見えます。しかし、人生においてそれぞれが追求すべき目的は、十人いれば十通り、まさに「十人十色」です。一人一人全く異なるのです。

ある人は、裕福な環境の中で悩み、苦しむことが自分の魂の進化にとって不可欠であるとの判断の下に生まれて来るでしょう。また、別の人は恵まれない環境に生まれ、経済的な理由から進学を断念したり、早くから働かねばならないような厳しい人生こそが自分にとってふさわしいとの確信を持って、この世に生を享(う)けるのです。

なので、この二人は同じ地球上で、同じ国の同じ社会に生きていても、その人生のルートと目指すべきゴールが全く異なるのです。同じ会場で全く違う試験問題に取り組むCBTとよく似ているでしょう。

ですから、変な見栄から他人に対して卑しい競争心を持ったり、他人の置かれた環境や、その持ち物などを妬んだり、羨んだり、そのような環境や物が手に入らなくて落胆したりするのは意味がないことなのです。それは単に、皆様のエネルギーを浪費させ、精神を疲れさせてしまうだけです。

ちょうど、CBTの受験中に、全く別の問題を解いている隣の受験生のディスプレイを盗み見て、「この人の進捗状況はどうだろうか?自分より正答率が高いのかな」などと考えるのと同じです。彼(彼女)は、皆様と全く別の問題を解いているのです。

『隣の芝生は青く見える』と言いますが、隣の芝生を見る必要はありません。自分のお庭をよく見ましょう。そして、それを丹精することのみに注力しましょう。


私達は、どうやら、神の代理人たる高次の存在と相談の上、自分の魂の修練にとって最適な人生(生まれる国、地域、人種、容姿、そして、家庭など)を自らの意思で選択して生まれて来るようです。ですから、今、皆様が生きていらっしゃる人生こそ、まさに皆様一人一人にとって最上のものなのです。

もう、お分かりでしょう。この世には神も仏もちゃんとあり、誰にとっても完璧な公平さが実現されているのです。

家畜達の犠牲を減らす、地道だが効果的な方法

まず大切なことは、ご自身が一切の動物性食品の摂取を止めることです。たった一人が止めるだけでも、ご自身の力で一年に九羽もの鶏の命を救うことが出来ます。

言い訳をして陰でこっそり食べないで下さい。そのような人の言うことは、誰の心にも響くものとはならないでしょう。「天知る、地知る、我知る、人知る」なのですから。

しかし、同じぐらい大事なことがあります。それは、「いけないことは、いけない」と主張することです。

見て見ぬ振りをすること(不作為)は、積極的に悪事に加担すること(作為)と等価な行為です。後ろめたく感じているのなら尚更です。それは、「悪いと知りながら敢えてやる」ことだからです。

初めは、誰も相手にしてくれないでしょう。頭のオカシイ奴だと思われるかも知れません。しかし、それでも主張し続けましょう。そうして行くうちに、必ず一人、また一人と耳を貸してくれる人が現れて来ます。ちょうど、水面(みなも)に投げた小さな石が大きな波紋を次々に描くように。

このようにして、仲間の輪を広げて行きましょう。一人では九羽の鶏だけだったものが、仲間が四人に増えれば、一年間で一匹の豚を救うことが出来ます。もっと輪が広がって、三十八人の仲間が集まれば、一年間で牛を一頭救うことが出来るのです。

そして、その新たに加わった仲間達が、さらに仲間を増やして行けば、どれほど力強い大きな輪になることでしょう。

「主張し続け、地道に仲間を増やして行く」、これこそが、確実に家畜達の犠牲を減らす最も効果的な方法なのです。


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引用:https://girlschannel.net/topics/422294/

青虫君

お野菜を購入すると、よく青虫(←蝶の幼虫)がくっ付いていることがあります。皆様もご経験がおありでしょう。

いっぱい穴が開いているのを見ると、「小さい体に似合わず大食漢だなぁ、よく食べたものだ」と感心します。

私は、青虫を見付けると「アオ」という名前を付けて家で保護することにしています。葉っぱと一緒に捨ててしまうのは余りにも可哀想ですし、お庭に放したところで食べる物もないし、捕食動物がウヨウヨしていますから。


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モンシロチョウの幼虫
引用:http://butterflyandsky.fan.coocan.jp/shubetsu/shirocho/monshiro/monshiro.html

しかし、飼育はなかなか上手く行きません。始めのうちは餌として与えた野菜をモリモリ食べて元気にしているので、こちらも嬉しい気持ちになるのですが、段々食べなくなり、動かなくなり、遂にはクタッとなってしまう(つまり、死んでしまう)のです。

私が推測するに、家の中が寒すぎるのではないかと思うのです(厳冬期には、暖房を入れない夜間から朝にかけては、−15度ぐらいまで下がることがあります)。

このように、私の手には負えないので、出来れば青虫には出会いたくないのです。しかし、成虫にしてあげられなかった罪悪感が癒され、もう、そのことを考えなくなった頃、何故か、また青虫君がやって来るのです……

今回は、直売所で買った茄子(なす)に、割と大きめの青虫が食い付いていました。ムシャムシャとお食事中。よく見ると、微かな模様が背中にあり、今までの青虫君とはちょっと違うような。↓これです


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ヨトウガの幼虫
引用:http://futarinoyakata.my.coocan.jp/gardening-yotouga.html

調べてみると、ヨトウガ(夜盗蛾)という蛾の幼虫のようです。「う~ん、蛾か……。どうしようかな」と一瞬迷いましたが、見た目で取り扱いに差を設けるのは、人種差別のようで納得が行きませんので、育てることにしました(農家さんに怒られるでしょう。野菜の天敵ですから)。ちなみに、毒は持っておらず、かぶれたりはしないそうなので一安心。

ナス科の植物が好きということで、いろいろ与えているのですが、あまり食べてくれません。この時期、すでに朝は氷点下の日がありますので、前途に厳しいものを感じています……

が、今度こそは!と世話をする毎日です。是非、立派な蛾に育って欲しいものです(笑)。

おまけ:

モンシロチョウとヨトウガの幼虫の見分け方

ヨトウガの幼虫には、1.体の側面に白い線がある 2.頭の色が違う 3.尺取虫のように動く 4.成長するに従い色が濃く(茶色く)なる という特徴があります。

牛の目にも涙

鬼ですら時には泣くという話があります。況(いわん)や、心優しい繊細な生き物である牛では、尚更でしょう。

屠殺された牛の目から涙が流れた跡があります、さぞや怖かったでしょう。無念だったでしょう。この涙は「いやだ、死にたくない!助けて!」という声なき叫びです。

肉食者の皆様には、この叫びが聞こえるでしょうか。

ここまで他の存在を苦しめて、それでもお肉を食べたいですか?自分さえ満足できれば、それで良いのでしょうか。


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引用:https://www.flickr.com/photos/igualdadanimal/albums/72157673090582753

死と背中合わせの命

家畜達の一生は、常に死との背中合わせです。振り向けば、淘汰(殺処分)、「怪我、病気、虐待」による死、そして屠殺……

「自然界の動物も似たようなものだ」という反論があるでしょう。しかし、家畜達の死は、人間の欲望によって強いられたものです。

自然界の動物には、自由があります。確かに、厳しい生活です。が、それと引き換えの自由があります。自分の主人は自分自身であり、自由に行動して餌を探します。敵に遭遇すれば、逃げたり、生き残りをかけて戦うこともあるでしょう。

これが、動物界を支配する自然の摂理です。

家畜達には、このような自由は一切ありません。人間が押し付ける死に向かって、ただ歩むだけの、それだけの一生です。


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壁一つを隔てて、家畜にとっての絶対的存在たる人間が仲間を解体する。明日は我が身だ。
引用:https://www.flickr.com/photos/igualdadanimal/albums/72157673090582753/page2


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殺害の道具は家畜達の目には届かない。自分の命が終わる、その日までは。
引用:https://www.flickr.com/photos/igualdadanimal/albums/72157673090582753


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この怯えた目には、何が映っている?
引用:https://www.flickr.com/photos/igualdadanimal/albums/72157673090582753

武士の鑑(かがみ)は売国奴 ― その2 ―

もし、この売国計画が実現していたら、一体どうなっていたでしょうか。

租借は土地の貸与に過ぎないとは言え、実質的な統治権は借り手の国が持つことになり、立法、司法、行政権はその国が行使するのです。つまり、日本国内に純然たる外国が誕生するのです。

また、租借期限の満了日が到来したら大人しく返還するという保証はどこにもありません。

土地開発や農工業施設等の建設、移民を通して、恒久的な権利を認めざるを得ない事態に至っていた可能性も大いにありますし、最初は会津藩および庄内藩領の租借のみであったものが、じわじわと外部に向かって拡大し、結果として広大な領土を正式に獲得していた恐れもあります。

さらに、列強国間の様々な事情から、例えばロシアに租借権を譲渡することも考えられます※1。仮にドイツが土地の所有権を正式に取得した場合には、これを他の列強国に売却することもあり得たでしょう。もし、そうなっていたとしたら、日本は間違いなく中国と同様の、虫食いの半植民地へと転落していたことでしょう。

※1 1861年(文久元年)、ロシアの軍艦が対馬の芋崎浦に来航し、厚かましくも永久租借権等を要求するという事件が起こっていますので、ドイツから租借権の譲渡を打診された場合、ロシアが二つ返事で承諾していた可能性も多いにあります。もし、そうなった場合、後の日露両国の力関係は一体どうなっていたでしょうか。

当時の日本は、各大名の所領地たる独立国の集合体に過ぎず、それを超えるより大きな組織体たる「国家」の認識がなかったのだから、自国領を外国に差し出す行為は「日本を売った」とは言えないとして、会津の肩を持つ論もありましょう。

しかし、幕末以前の江戸期の古文書には、すでに「日域(にちいき)」という言葉が登場します。これはインテリ達が用いた、「日本」という国家全体を表現する気取った表現なのです。

また、幕末に高輪東禅寺の英国公使館を襲撃した松本藩士 伊藤軍兵衛(二十三歳)は、斬り込みの際、自らの下着に以下の歌を認(したた)めています:

日の本(ひのもと)の為とおもふて切(きる)太刀(たち)は何伊藤※2べき千代のためしに』
 
※2 自らの苗字たる「伊藤」と「厭う」を掛けている。

この歌にも、日本と言う国家を表す「日の本」という言葉が使われています。明らかに、当時の人々は、大名の所領を超える「日本」という国を、自らが所属する国家であると認識していたのです。

この認識がありながら、我が国土と我が民を支配下に置かんと画策する外国勢力に、その足掛かりを提供しようとする行為は、やはり「売国」と断ぜざるを得ないでしょう。新政府の会津に対する処遇が厳しかったのも、この辺りに原因があるのかも知れません。

いずれにせよ、この目論見が実現せずに終わって、本当に良かったと思います。もし、事が計画通りに運んでいたら、私達日本人は、ドイツ人を始めとする列強国人に劣等感を感じ、卑屈な態度で彼等に接するような人生を歩むことになったかも知れないのですから。

おまけ:

伊藤軍兵衛の歌をもう一首ご紹介しておきます。当時の武士達の「不逞外国勢力から日本を守りたい」という切なる思いを感じて下さい。

『おしからぬ命を捨つる武士(もののふ)は神の恵(めぐみ)で徒士(かち)※3軍(いくさ)※4せん』

※3 「勝ち」と、自らの身分たる「徒士(下級武士)」を掛けている。
※4 「軍(いくさ)」と、自らの名前たる軍兵衛の「軍(ぐん)」を掛けている。

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ワーグマン作『東禅寺浪士乱入図』笠間日動美術館所蔵
(伊藤軍兵衛の襲撃とは別の、水戸浪士による「第一次東禅寺事件」を描いたもの)

武士の鑑(かがみ)は売国奴 ― その1 ―

会津藩士を表現する言葉として、「武士の鑑」がよく用いられます。徳川家に最後まで忠誠を尽くし、新政府軍と戦ったからというのがその理由のようです。

しかし、真相はそうではありません。会津藩に関する書籍は、会津出身者が書いていることが多いですから、郷土愛のあまりバイアスが掛かり、真実が隠されるのです※1

※1 「悲劇の」会津戦争というような枕詞(まくらことば)がその良い例です。

会津藩(庄内藩も)は売国奴です。もちろん、下士(かし)、徒士(かち)と呼ばれた下級の藩士などは、藩の政策決定に参与できませんから、彼等をもって売国奴と評するのは酷でしょう。やはり、それ等の人々は忠義を旨として生き、それに殉じたのだと考えたいです。

しかし、会津藩主 松平容保(かたもり)を筆頭に、藩の幹部達は、「時代の流れを読む能力※2に欠けた売国奴」と批判されても致し方ないかと思います。

※2 奥羽越列藩同盟の盟主であった米沢藩は、時代の趨勢を見極め、ロシアを警戒していました。会津藩がプロイセンと秘密交渉を行っているのを察知すると、会津を切り捨て、さしたる抵抗もせずに新政府に恭順の意を示しています。米沢藩は独自の情報網を構築していたのかも知れません。

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京都守護職時代の松平容保

会津藩は、北方警備の負担と引き換えに幕府から拝領した北海道(蝦夷地)の領地の租借権をプロイセン(以下、ドイツと表記します)に与えようとしていました※3。この租借の見返りとして、プロイセンから軍事的援助を得て、政府軍に対抗しようとしたのです。

※31995年に、アンドレアス・バウマン日大教授が、また、2011年には、東大史料編纂所の箱石大准教授らが、ドイツ連邦文書館において、これにまつわる書簡、つまり証拠を発見しています。


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北海道の各藩の所領分布図
引用:https://www.shibetsutown.jp/shisetsu/art_culture/po_river/1034/

ドイツの宰相ビスマルクは、この申し出に大変興味を持ち、紆余曲折の末、最終的には了承しています。当時のドイツは欧州中北部と気候がよく似ている北海道を欲しがっており、小規模な租借地を取得して実験的な農作も行っていたようです。

ドイツはその後、中国の山東半島や青島、膠州湾などを租借地として獲得し、南洋諸島も領有していますから、ヤル気満々だったでしょう。

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オットー・フォン・ビスマルク

その2へ続く

殺戮ターブルドート※

※原語は、仏語の table d'hôte:定食、セットメニューの意。

豚、牛、山羊(ヤギ)の虐殺ショーが一堂に会しました。一度に色々な種類の家畜の無残な最期をご覧頂くことが出来ます。

普段から、お肉を召し上がっていらっしゃる皆様は、正視することに何の問題もないでしょう。皆様のお皿に載っているお肉の元の姿がこれなのですから、慣れ親しんでいらっしゃることでしょう。

また、笑いながら作業する従業員の姿を見れば、肉食者の皆様も、これ等の悪魔達への親近感がより強くなること請け合いです。皆様もお肉を笑顔で頬張るのでしょうから。

お食事時にご覧になれば、拷問ショーを見ながら晩餐を楽しんだという古代の権力者達の気分が味わえるかも知れません。

「殺された家畜達の腐肉を食するだけ」という末端的なケチな方法のみで、虐待・屠殺に参加することにご満足ですか。もっとダイレクトに「血の欲望」を満たしてみましょう。お皿の上の食肉の製造過程の現場を、ご自分の目を通して疑似体験なさってみるのです。

肉食者の皆様、この「血吹き肉飛ぶ一大スペクタクル」を是非お見逃しなく。

https://www.flickr.com/photos/igualdadanimal/albums/72157673090582753
https://www.flickr.com/photos/igualdadanimal/albums/72157673090582753/page2
https://www.flickr.com/photos/igualdadanimal/albums/72157673090582753/page3
https://www.flickr.com/photos/igualdadanimal/albums/72157673090582753/page4


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「オレ達の命を返せ!お前たちが貪り食っている、オレ達の体を返せ!」
引用:https://www.flickr.com/photos/igualdadanimal/albums/72157673090582753/page4

Japanese Organization ― その2 ―

日本は、国の存亡を賭け、必死の思いで、押して押して押しまくり、僅かながらも有利な立場で講和を結ぶことで、日本の勝利を対外的に印象付けることに成功しました。

その結果、世界の国力序列の階段を一気に駆け上がり、有色人種の国として唯一の列強にのし上がることが出来たのです。

有色人種が白人を圧倒したという事実に、さぞや世界は驚嘆したことでしょう。

これが、当時、白人から家畜以下の扱いを受け、それを自ら当然と考えていた有色人種の諸民族の、「自分達も、やれば出来るかも知れない」という民族独立・自決の機運に灯をともすことに繋がって行くのです。

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ヴィクトル・ユゴー作
左列は日本側。左から3人目が首席全権大使・外務大臣小村寿太郎、その左隣が駐米特命全権公使高平小五郎。
右列はロシア側。左から3人目が首席全権ウィッテ、左端が駐米特命全権大使ローゼン
引用:https://muchasgracias908.blog.fc2.com/img/Potsumasu.jpeg/


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小村寿太郎 (彼は、小さな体で精力的に動き回ることから、外交官時代には、rat minister(ネズミ公使)と呼ばれていました。)
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%9E%E3%82%B9%E6%9D%A1%E7%B4%84#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Jutaro_Komura.jpg


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高平小五郎
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%84%E3%83%9E%E3%82%B9%E6%9D%A1%E7%B4%84#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Takahira,_Kogoro.jpg

時代は下りますが、大東亜戦争中、日本の統治下にあったシンガポールの上空を、日の丸を描いた戦闘機が整然と編隊を組んで飛行する様を見て、現地人の中に、自分達と同じアジア人であるにも拘わらず、イギリスと対等に戦い、これを駆逐した日本に対し、羨望と尊敬の念を抱いた人々がいたそうです

その後、有色人種の諸国は、闘争を経て次々と宗主国からの独立を果たし、民族自決の権利を手に入れて行くことになります。

日本が統治する以前は、シンガポールはイギリスの植民地であり、難攻不落の要塞と考えられていました。

イギリスの大歴史家アーノルド・トインビー博士は、日本の一連の戦いについて、こう述べています。 
『日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間に考えられていたような、不敗の半神でないことを明らかに示した点にある。』
「英オブザーバー紙」1956年10月28日

皆様も、どうか、しばし忙しい日常生活の歩みを止(と)め、日本の来(「こ」または「き」)し方を振り返り、知恵と勇敢さ、そして不屈の精神を世界に示した先人達に想いを馳せてみて下さい。

今回の記事に書いた日露戦争前後の時代の事情は、吉村昭氏の小説『ポーツマスの旗』に詳しいです。明治期の文官、軍人が、ともに奮闘した様子が、テンポ良い筆運びでダイナミックかつ精緻に描写されています。是非ご一読下さい。

Japanese Organization ― その1 ―

これは一体何を意味するのでしょうか。実は、これ、日露戦争(Russo-Japanese War)に関する講和会議が行われていた当時の、米国の新聞の見出しなのです。「日本人の組織力」ということを意味しています。

この新聞は、「日本の特命全権使節団が、投宿しているホテルの部屋と電信会社の電信室との間に電線を敷設し、日本政府からの電信が入ると直ちにそれを知らせるシステムを構築したのに対し、ロシア側は、そのような工夫が全く見られない」として、日本がロシアを圧倒したのは当然であると論評しました。

当時のロシア帝国は、外交的手腕にも長けた、老獪(ろうかい)な世界最大の陸軍国家であったのに対し、日本は、日清戦争に勝利したとはいえ、国際社会(←当然、全て白人の国)に登場したての「若造」であったわけですから、そのような巨大国家に立ち向かった明治の日本人達は、さぞや恐ろしい思いをしたことでしょう。

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フランスの新聞に掲載された風刺画
(国際社会たる試合会場にいるのは、日本人を覗いて全て白人。列強によって半植民地にされた中国人は入れてもらえません。)

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奮闘する日本軍将兵を描いた錦絵
『輝く陸軍寫眞帖』國防智識普及會編輯 省文社(昭和十年版)より

もし日本がロシアに負けたとしても、明治政府は統治能力を失うわけではないので植民地になるというようなことはなかったでしょうが、ロシアから巨額の賠償金を請求されたでしょう。

当時の財政は限界に達していましたので、当然支払うことが出来ず、代物弁済として北海道を始めとする領土を割譲する、漁業権、炭鉱の採掘権、鉄道運営権等の権益の譲渡や長期賃貸を承諾することを余儀なくされたでしょう。

また、外債発行によって諸外国から調達した莫大な戦費の返済に追われ、殖産興業、富国強兵どころではなく、ここでも領土を支払いに充当したり、租借地、租界の獲得要求の承諾や各種権益の切り売りを認めざるを得なくなり、かつての中国のような半植民地状態に転落したかも知れません。

そうすれば、日本の国土や社会の姿は今とは大いに異なったものとなっていたでしょう。

その2へ続く
プロフィール

トリ足

Author:トリ足
とある県境の山の中に住む、製菓製パン(+ちょっとだけ手芸)を趣味とするヴィーガンです。

鴨、アヒルや鶏が好きです(食材としてではありません。念の為)。

一人でも多くの方に、畜産の残酷さを知って頂くことで、食生活やファッションを見直す切っ掛けになればと願っています。

どうぞ、よろしくお願い致します。

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