FC2ブログ

屠殺カウンター(常にトップに表示されます)

The Animal Kill Counter: Basic Version << ADAPTT :: Animals Deserve Absolute Protection Today and Tomorrow

皆様が当ブログを開いてから、屠殺された動物達の数:

0 海洋生物(鯨、イルカ、魚類等)
0 鶏
0 アヒル
0 豚
0 兎(ウサギ)
0 七面鳥
0 鵞鳥(ガチョウ)
0 羊
0 山羊(ヤギ)
0 牛および子牛
0 馬

人の世の不正義と欺瞞性

ドイツ第三帝国副総統ルドルフ・ヘスの子息であるボルフ=リュディガー・ヘス氏は、こう述べています:

「戦争に負けてはなりません。負けてしまうと、起こったこと、起こらなかったことに対する、すべての責任が押し付けられてしまうからです」

では、「起こらなかったことに対する責任」とは一体何でしょうか? 一緒に見て行くことにしましょう。

その前に、ニュルンベルク国際軍事法廷憲章21条後段をご説明しておかねばなりません。

この条文は、以下のようになっています。

「法廷は、戦争犯罪捜査のため同盟諸国において設立された委員会の決議および 文書を含む、連合諸国の公文書及び報告書ならびにいずれかの連合国の軍事法廷またはその他の法廷の記録や判決書をも、同様に法廷に顕著な事実と認める」

これは、戦勝国の作成した文書であれば、争う余地の全くない証拠とするということであり、結局、勝者側の文書であれば、嘘であろうが捏造であろうが、無条件に正しい証拠として使うことができるということを宣言しているのです。

無茶苦茶な話です。しかし、これがまかり通っていたのです。

これに基づき、ニュルンベルク国際軍事法廷において、以下の事項がナチスドイツの犯罪として告発されました:

・カチンの森事件

第二次世界大戦中にロシア共和国のグニェズドヴォ近郊の森で、約22,000人のポーランド軍将校、国境警備隊員、警官、一般官吏、聖職者が、NKVD(ソビエト内務人民委員部)治安部隊によって処刑された事件。

ソ連検事は、ソ連特別委員会の資料を使って虐殺の責任を、ナチスドイツに擦(なす)り付けようとしました。

・ダッハウ強制収容所のガス室

これについては、米国議会委員会報告に詳細な記述があります。しかし、実際には、ダッハウのガス室建設は完了しておらず、稼働していませんでした。

・人間石鹸

資料USSR-197、USSR-272に基づき、ソ連検事、英国検事は「人間の脂肪から石鹸が製造された」と告発しました。が、この「人間石鹸」は化学的見地から否定されています。


私達は、この一件を通じて、人の世にはびこる不正義と欺瞞性の、ほんの一端を垣間見ることができました。皆様は、どのようにお考えになられるでしょうか。

豚の静かな最期

逆さ吊りにされ、掻き切られた喉から大量の血を滝のように流し、豚が静かに口を動かしながら瞬き(まばたき)をしています。

この最期に、豚は何を思ったのでしょう。薄れゆく意識の中で自分の一生を走馬灯(そうまとう)のように振り返って見たのでしょうか。

この豚は、惨(むご)い最期を迎えなければならない理由は何もなかったのです。ただ一つ、身勝手な人間の食肉への欲望を満たすということを除いて……

一片の豚肉には、このような豚達の、苦しみ、悲しみがしみ込んでいることを忘れないで下さい。


https://youtu.be/SVsOF_Iyue8

モッツァレラチーズの闇

この動画は少し長いですが、最初の3分37秒付近までご覧頂ければ十分です(7分56秒付近からは、この農場がもたらす環境破壊について言及しています。ご興味がおありの方は是非ご覧下さい)。

イタリア産のモッツァレラチーズがお好きな方は多いでしょう。ピッツア等によく使用されています。

お洒落なパッケージだけ見ていると、このチーズの裏に隠された牛達の苦しみは分かりません。しかし、このチーズは牛達の痛みや悲しみ、絶望が結晶したものであることを忘れてはなりません。

動画では、モッツァレラチーズ加工用の牛乳を採取する目的で、牛達がとても不衛生な環境で飼育されています。排泄物に埋もれて生活していると言っても過言ではありません。

そして、その排泄物の中に牛達の死体がそのまま、腐敗するに任せて放置されています。夥(おびただ)しいハエがたかっています。

また、農場から出る汚物、汚水の垂れ流しによる周囲環境の破壊や周辺住民の飲用水汚染も看過(かんか)できない大きな問題となっています。

皆様は、家畜達に辛い思いをさせてまで、周囲の住民の健康を奪ってまで、そして大切な自然環境を破壊してまで、モッツァレラチーズをお求めになるのでしょうか。

その一口のために、どれだけの存在が犠牲になっているか、是非この動画をご覧になって、再考して頂けたらと思います。



https://youtu.be/ja3f6NOce1s

Xの文化論

まずは、これをお聴き下さい。仏語歌詞はこちら


https://youtu.be/ma5BOoSpB4E

Francoise Hardy(フランソワーズ・アルディ)が歌う『Comment Te Dire Adieu(日本語の曲名は「さよならを教えて」)』です。

いかにも仏語らしい、甘ったるくて美しい発音ですね。憧れた方も多いのではないでしょうか。

ところで、皆様は、「この歌の中では特定の同じ発音が頻繁に繰り返されている」とお感じになられませんか。

実は、この歌には、X(仏語では「イクス」と読みます)の音が強調された単語が多用されているのです。少し抜き出してみましょう。

prétexte、silex、index、pyrex、kleenex、réflexe、perplexe……と、たくさんありますね。

また、expliquesやsurexposerなどは、ex-pliques、surex-poserと離して発音することで、Xの音を強調しています。

この単語達の発音を聴いて、何かを連想しませんか。お気付きの方は、なかなか鋭いです。そうです。「セックス」を連想させるのです。

もちろん、作詞家は、それを狙って、敢えてこのようなイヤラシイ連想を誘う単語を多用しているのです。こういうことをするのは誰か、拙ブログをご覧の皆様は、もうご存知でしょう。

作詞は、例のセルジュ・ゲンズブール氏です。

確かに、言葉遊びのセンスは文句なく超一級品です。しかし、やはり「商標でも何でも構わないから、とにかくXの音が出る単語を使いたい!」という下心を感じてしまします。

pyrex(パイレックス)は耐熱ガラスの、kleenex(クリネックス)はティッシュペーパーの商標名です

このイヤラシイ歌をフランソワーズ・アルディに歌わせたかったんでしょうね。どうしても。

↓セルジュ・ゲンズブール氏はこんな人です。やっぱりイヤラシそうな風貌ですねぇ……

maxresdefault.jpg

引用:https://www.clique.tv/le-son-du-jour-serge-gainsbourg-im-the-boy/

動物性食品の摂取=環境破壊

このタイトルのような等式が成り立つのは、環境破壊の最大の原因が畜産にあるからです。

ですから、「このような害悪を平気で垂れ流す業界」が生産する動物性食品を摂取することは、自らが実際に環境を破壊することと等価だと言えます。

需要があるから、つまり、皆様が動物性食品を欲するから、環境を破壊して供給するのです。

かけがえのない豊かな熱帯雨林を、この動画のような姿にしてしまったのは、他でもない、動物性食品を愛する皆様です。


https://youtu.be/wIRD6YS4OJg

ボートは満員だ

1938年7月6日、32ヵ国の代表者がフランスのエビアンに集まり、ユダヤ難民問題に関する会議を開きました。

ナチスドイツがユダヤ人迫害を始めてから既に5年が経過し、欧米諸国が国内の世論を無視することができなくなっていたのです。

各国代表は、美辞麗句で演説を飾り、「各国はユダヤ難民を受け入れるべきだ」と熱弁を振るいました。しかし、ごく一部の例外を除いて、どの国も自国へのユダヤ難民受け入れを渋りました。

イギリスも、アメリカも、フランスも、会議で述べた言葉とは裏腹に移民政策を厳格化し、ユダヤ人の締め出しを図って行くことになります。ドイツの隣国スイスも「ボートは満員だ」という有名な言葉とともに、国境を閉鎖しました。

スイスのエドワルド・フォン・シュタイガー司法相が講演において比喩として用いた言葉。その後、この言葉は難民政策で繰り返し使われることになります。

この「笛吹けど踊らなかった」エビアン会議を、ナチスドイツは「国際社会による、より徹底的なユダヤ人迫害へのゴーサイン」と捉えました。

実際、ナチス党の理論的指導者として大きな影響力を有していたアルフレート・ローゼンベルクは、党機関紙『フェルキッシャー・ベオバハター』に「国際会議というものは伝統的に反ユダヤ主義者の代表が集まる場である」旨の論稿を寄せたのです。

そして、この会議から4ヶ月後、ドイツにおいて「水晶の夜」と称されるユダヤ人襲撃事件が起き、それを皮切りに計画的なユダヤ人迫害が幕を開けることになるのです。

巨人とウサギと私達


rabbit-investigation-spain-750x0-c-default.jpg

引用:https://animalequality.org/investigations/

この画像のウサギは、生きたまま体を切断されながら、一体何を思ったのでしょうか……

ウサギ肉を食する方はもちろんのこと、そうでない方でも無関係ではありません。何故なら、あらゆる種類の家畜達が同じ境遇に置かれており、同じ仕打ちを受けているからです。

畜産従事者にとっては、家畜は「命を持った生き物」ではなく、単なる「モノ」(「動く食肉」)に過ぎません。

「知性があり、感情があり、痛みや恐怖を感じる、そして、人間より優れた面を持っている、尊敬に値する存在」などと思ったことは今まで一度もないでしょうし、これからも、露ほども考えることはないでしょう。

もし、この畜産関係者の悪魔性を何百倍、何千倍も増幅させたような邪悪な心を持った巨大な生命体に侵略され、私達が支配されてしまったら、どうなるでしょう。

この画像のウサギの姿と皆様を入れ替えて、是非ご想像なさってみて下さい。

くすんだ世界

それは、私達人間が見ている世界です。

私達は、目の中に「光受容錐体細胞(ひかりじゅようすいたいさいぼう)」という細胞を三種類持っています。これによって、赤、青、緑の三原色を感知することができるのです。

一方、鳥は四種類の錐体細胞を持っており、それぞれの錐体細胞が、1.紫外線~紫色、2.青色、3.緑色、4.赤色の波長の光に反応できるようになっています。

桿体細胞は明暗を、錐体細胞は色彩を感じます。

eyecell.png
引用:http://quasar.cc.osaka-kyoiku.ac.jp/colorworld2010/space/color4/color4.htm


以下の画像をご覧下さい:

人間の目で見た色彩

image2-e1471793593269.png

引用:https://logmi.jp/business/articles/157552

鳥の目で見た色彩

image3-e1471793835727.png

引用:https://logmi.jp/business/articles/157552

鳥の目で見た色彩は、紫外線を反射している部分が光り輝いているように鮮やかです(実際は、もっと華やかで壮美な可能性があります)。

鳥は、くすんだ、色褪せた人間の世界とは全く異なる、色鮮やかな美の世界に住んでいるのです。

天才的な画家が、どんなに熱望しても、鳥の見ている風景の色を、自らの感覚を通して描き出すことは出来ません。

鳥と人間は、地球と言う同じ空間に存在しながら、天と地ほどの差がある世界に生きているのです。まさに、私達は「鮮やかな見えない色に囲まれた、くすんだ世界」に住んでいると言えるでしょう。

このような優れた存在を、人類は「人間よりも劣っている」と勘違いし、見下し、大量飼育大量殺害を行って、その命を弄んでいます。


もし、私達人間が、謙虚な気持ちで動物達から学ぶのであれば、新たな発見を通じて、もっと美しい、素晴らしい世界を実現することができるでしょう。

常識を疑え 3 ― ボルマンの死の真相 ―

皆様は、マルティン・ボルマンという人物をご存知でいらっしゃいますでしょうか。ドイツ第三帝国において、ヒトラーの個人秘書を長年務め、後にナチス党官房長(党ナンバーツー)となった人です。

誰がヒトラーに会うかを決定する権限を持っていたため、あらゆる情報がボルマンに集まり、絶大な権勢を誇りました。ベルリン陥落の際に消息を絶ち、南米に逃亡したと長い間信じられていました。

Bundesarchiv_Bild_183-R14128A,_Martin_Bormann
マルティン・ボルマン
引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9C%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3#/media/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%AB:Bundesarchiv_Bild_183-R14128A,_Martin_Bormann.jpg

ここに、ボルマンの死の真相に関して三つの異なる証言があります:

1.ヒトラーユーゲント全国指導者アルトゥール・アクスマンの「(ベルリンの)ヴァイデンダム橋付近でボルマンの死体を目撃した」という証言、および親衛隊中佐ハインツ・リンゲの「「ボルマンが砲撃に巻き込まれるのを見た」」旨の証言

2.元イギリス諜報部員クリストファー・クライトンという人物の、「英特殊部隊がボルマンを拉致し、英国に連行した。私は、その現場指揮官であった。その後、ボルマンは余生を全うし南米パラグアイで死亡した」という証言
(クリストファー・クライトン著『ナチスを売った男』より)。

3.大物職業スパイのユダヤ系スペイン人ベラスコの「ボルマンはスペインを経由して、ドイツ海軍の潜水艦でアルゼンチンに逃れた。自分が逃亡を手助けした」という証言(高橋五郎著『超スパイ ベラスコ ─ 今世紀最大の“生証人”が歴史の常識を覆す』より)。

このうちの誰かが嘘を付いています。

嘘を付く理由は、「本を売るなどして、お金を稼ぎたい」、「注目を集めたい(時の人になりたい)」等々さまざまでしょう。

クライトンやベラスコの証言は、微に入り細に渡っていますので、もし、この二人が嘘を付いているのだとしたら、お金のために、こういう嘘の筋書をでっち上げる、小説家崩れのようなプロがいるのでしょう。

真相は闇の中です。恐らく、このようなケースは他にも沢山あるでしょう。マスメディアは嘘、捏造だらけですから。

皆様も情報に接する時には、十分吟味するようになさって下さい。

ラム料理の素

屠殺シーンが含まれた動画です。切れ味の悪そうなナイフで羊の喉を掻き切ります。仲間が惨たらしく殺されていくのを、手足を縛られた羊が側で見ています。

この羊の恐怖は如何ばかりであったでしょう。逃げようともがく姿が映し出されています。

ラム肉を食する皆様、よく見て下さい。皆様が愛するラム料理の材料はこうやって作るのです。

この動画に出てくる屠殺人は、皆様の手足です。需要があるから供給するのです。皆様が、このように残酷に殺しているのです。

皆様は、これをご覧になっても、なお、ラムステーキやラムシチュー、ジンギスカン料理などを頬張るのでしょうか。


https://youtu.be/2eyxT3MYOBI

知った人から行動しましょう。

長生きと魂の成熟度

世間では「長く生きれば、それだけ魂が醸成されて人格者になる」と思われていますが、それは間違いです。

人生の長さと魂が成熟しているか否かとは何の関係もありません。

九十歳を超えても、なお長生きのために週に複数回も、お肉を食べるような高齢者がいました(著名な実在の人物です。誰かは書かないでおきましょう)。

この高齢者は結局百年以上生きたのですが、これだけ長く生きても、彼の魂は未成熟なままでした。

なぜなら、「家畜達がどのように扱われようと、自分が長生きできれば構わない」という自己中心的な発想を最後まで改めることができなかったからです。

彼は、「自分がされて嫌なことは、他者にもしてはいけない」という基本中の基本の真理に気付くことができないまま旅立ちました。

死後の人生では、恥ずかしい思いをしているでしょう(ペナルティはないと思います。事理弁識能力のない幼児に刑罰を科すことができないのと同じだからです)。

百余年という長い年月を生きて、彼は一体何を学んだのでしょう。早々に気付きを得て、真理を実践していらっしゃるティーンエージャーの方々すらおられるというのに……

このような高齢者は、少なくありません。以前、ネットTVの健康番組で取材を受けていた複数の高齢者も、「お肉を食べれば長生きできる」と固く信じ、実践していました。

こういった高齢者達を見ると非常に残念に思います。彼等は、次のより苦しい人生の中で、足りないものを学び直さなければならないでしょうから。

ちょっとオシャレなパンの成形 ― 番外編:薔薇(バラ)のパン ―

これを忘れていました。実は、かなり前に気付いたのですが、写真を撮るのがイヤで延び延びになっていました(←以前にも書きましたが、私は写真撮影が大の苦手です)。

これは、姿が薔薇の花にちょっと似ているかなと思って、私が勝手に「薔薇のパン」と名付けているだけなのですが、簡単に成形することができて、しかも見た目がなかなか良いです。

ちなみに、画像の生地が茶色っぽいのは全粒粉だからです。何でもそうですが、精製した白いものは体に良くありません。皆様も是非、全粒粉を使うようになさって下さい。

それでは、一緒にやってみましょう!

DSC_0012.jpg
1.紐生地を二本作ります。

DSC_0014.jpg
2.紐生地を、神社の注連縄(しめなわ)のように絡み合わせて編みます。

DSC_0033.jpg
3.注連縄の生地を、蚊取り線香のようにクルクルと渦巻き状に巻きます。巻き終わりの先端を生地の下に押し込んで、形を整えて…… 出来ました!

いかがでしたでしょうか。これなら忙しい時にもパパッと作れますね。是非ご参考になさってみて下さい。

屠殺しないで作るフライドチキン

あのKFC(ケンタッキーフライドチキン)ですら、もうヴィーガナイズ(ヴィーガン化)の世界的潮流に逆らうことはできなくなりました。ロシア企業「3D Bioprinting Solutions」と提携し、slaughter-free(屠殺なし)のチキンナゲットを開発したのです。

微量の動物の細胞を基にお肉を作り、それと植物ベースの素材(パン粉やスパイス等)を組み合わせてナゲットを作るのですが、この方法で鶏肉を生産すると、エネルギー消費量が半分、温室効果ガスの排出量が25分の1になり、土地も養鶏場に比べ100分の1ほどしか必要としないそうです。

ちなみに、KFCでは、去年ジョージア州アトランタの店舗で人工肉を使ったフライドチキン「Beyond Fried Chicken(←この商品名には「フライドチキンをブッチ切るウマさ」というほどの意味が込められているのでしょう)」を実験販売し、5時間で完売しました。

これは、お肉の風味、食感を分子レベルで解析し、それを植物原料100%で再現した新しいタイプの人工肉「Beyond Meat」を使ったものです。

KFCは、米国内において他の外食チェーンとの厳しい戦いを強いられており、このような現状を打破するための戦略として「Beyond Fried Chicken」の実験販売を打ち出した模様。

なお、メキシコ料理チェーン「デルタコ」は、このBeyond Meatを使った「Beyond Taco」を販売することで売上を増加させることに成功しているようです。

大手外食産業も続々と植物ベースに舵を切っていますね。この流れは、間違いなく世界中に波及して行くでしょう。

参照元:VegNews


960x0.jpg

引用:https://www.forbes.com/sites/michaelpellmanrowland/2019/08/27/kfc-debuts-plant-based-chicken-nuggets-cars-are-double-looped-around-the-building/#24fc60b02252

苦しさのあまり齧(かじ)る


20200726 060022287

引用:https://animalequality.org/news/investigation-animal-equality-uncovers-horror-of-mexican-backyard-lamb-slaughterhouses/

この豚は何をしているのでしょうか。檻の鉄柵を齧っています。

不足した鉄分を補っているのではありません。

狭い檻に閉じ込められて極度のストレス状態に陥るため、それを解消しようとして鉄柵を齧るのです。家畜の豚には、これぐらいしか自分達で出来ることはないのです。

何とか「心の平静を保とう」と必死に工夫をしているのです。

豚は、もともと頭が良く、活発に動き回る性質を持っているので、このような拘束生活は、精神的にも肉体的にも極めて苦しいものでしょう。

皆様、どうか、テレビもラジオも雑誌も小説も、スマホもPCも何もない、散歩も運動もできない、そのような一切何もすることがない状態で、一生涯狭い檻に閉じ込められる生活をご想像なさってみて下さい。

果たして皆様には、耐えることがお出来になられるでしょうか。

「無理だ」とお思いになられた皆様、どうか、その苦痛を豚達に与えないで下さい。

自分がされて嫌なことは、他者にとっても嫌なことなのですから。


https://youtu.be/5oSZrlyU9IY

ヴィーガンは強く美しい

誰でしょう。「肉を含む動物性食品を摂取しないと筋肉が付かない」などと言ったのは。

明らかな嘘です。

証拠は、以下の動画に登場する三人です。彼等の肉体の凄まじさに衝撃を受けるでしょう。

身体を造り、それを健康的に維持するために必要なタンパク質は、すべて植物性の食品から摂取することができます。肉も卵も牛乳も一切必要ないのです。

彼等の強く、美しい肉体をご覧下さい:

Patrick Reiser氏

ドイツ人のプロボディービルダーです。ヴィーガンサプリメントや衣料品の会社を経営なさっていらっしゃいます。人気のyoutuberで、彼のYouTube channelには15万人の登録者がいるそうです(←ただしドイツ語)。


https://youtu.be/Ot6X_SEgo-0

Torre Washington氏

彼は、サプリメントを一切使わず、専ら植物性の食事のみから体を造っているそうです。


https://youtu.be/vm2GXr4UTSE

Nimai Delgado氏

菜食主義の両親の下に育ち、数年前からヴィーガンになったそうです。彼は、YouTube channelを通して、肉食を見直すよう促しています。


https://youtu.be/3WtU390bjcI

参照元:10 Modern Day Vegan Bodybuilders Changing The Way People View Meat

『最後の授業』のウソ

前回の記事に引き続く、「アルザス」モノです。

19世紀後半のフランスの作家アルフォンス・ドーデの作品『最後の授業』は、皆様もご存知でしょう。「教科書で読んだ」という方も多いのではないでしょうか。

アルザスがドイツ領となり、明日からは授業をドイツ語で行わなければならないという最後の日、フランス語の先生は教え子達に「フランス語は世界で一番美しい言葉です。それを決して忘れることのないよう」と教えます。そして最後に黒板に大きく「フランス万歳!」と書く……

と、このようなストーリーです。

感動的ですね。しかし、これは真っ赤なウソです。何故なら、アルザスで話されていた言葉はフランス語ではなく、ドイツ語の方言たるアルザス語だったからです。

この『最後の授業』は、ドイツに対する報復心を植え付けるためのプロパガンダ的作品として書かれたのでしょう。

特定方向への世論の誘導、形成のための嘘や捏造は、テレビ、ラジオ、新聞等のマスメディアに止まらず、文学作品にも及んでいるのだということに気を付けるようにしましょう。

真のドイツ人と真のフランス人

フランスのアルザス地方は、その北に位置するロレーヌ地方とともに、フランスとドイツの、1000年に渡る、取ったり取られたりの争奪戦が繰り広げられた地域です。

ドイツ領になると、アルザス人は「お前たちは、真のドイツ人だ」と言われ、フランスが奪回すると、「お前たちは、真のフランス人だ」と教えられたワケです。

そこで、アルザスの人々は「私は、真のドイツ人であると同時に真のフランス人です」などとジョークを言ったりするのです。

このような歴史があるため、フランス人はアルザス人に対して、特殊な感情を持っているようで、19世紀フランスの文豪オノレ・ド・バルザックの長編小説『ゴリオ爺さん』の中にも、アルザス出身のニュシンゲン男爵(←名前が思い切りドイツ)のことを「アルザス野郎」と罵る場面が出て来ます。

一方のアルザスの人々も、どうやらドイツの方に愛着を感じているようです。ドイツ第三帝国時代にも、アルザス人の武装親衛隊員が少なからず存在し、ドイツのために戦いました。

捕虜となったアルザス出身の武装親衛隊員を前に、アメリカ軍の傘下で活動していた自由フランス軍のルクレール将軍は「お前たちは外国の軍服を着て恥ずかしくないのか!」と怒鳴りました。これに対しアルザス人捕虜は「閣下もアメリカ軍の服を着ていらっしゃるじゃないですか」と答えたそうです。

ルクレール将軍に特大のブーメランが刺さったワケです。

「このような当意即妙な皮肉が即座に口をついて出て来る、というか、処刑の直前ですら口が減らないところは、やっぱりフランス人だな」と私は思ってしまうのですが、どうなんでしょうか……

『ゴリオ爺さん』は、青空文庫から無料でダウンロードできます。

サンクチュアリ― ってどんなとこ?

皆様は「サンクチュアリ―」という言葉をご存知でいらっしゃいますでしょうか。色々な意味がありますが、動物愛護の世界では「動物保護施設」を意味します。

以下の動画のサンクチュアリ―は、米国カリフォルニア州ソノマ郡に位置する「Charlie’s Acres(チャーリーズ エーカーズ)」です。


https://youtu.be/VElQEsYVX8M

どうです。皆、いきいきとしているでしょう。幸せな生命(いのち)が溢れているでしょう。これが本来の動物達の姿です。皆様には彼等、彼女等が食べ物に見えますか。美味しそうに見えるでしょうか。

この動画のような関係こそが、まさに、神が考えた「動物と私達人間との間に存在する、あるべき秩序」、つまり、「互いに愛し合い、学び合って、相互の霊性を高めて行く」という秩序です。

ヴィーガンの中には、この秩序を地上に実現せんと歩む人々が少なからずいます。

皆様も、是非、このチャーリーズ エーカーズのような「動物達と人間のための地上天国」を建設する仲間入りをしてみませんか。

ベターチキン=ましな奴隷の創出

ベターチキンとは、「品種改変、飼養環境、屠殺方法等に関して、鶏達に配慮した改善を行う方法」のことです。

「これに移行するように」との提言があります。しかし、これは結局のところ、従来よりもましな奴隷を出現させるだけです。

これを提言する人や、その賛同者は、もし自分や家族が鶏だったら、これで満足出来ますか。「もう解放して!殺さないで!」と大騒ぎするのではないですか。

もし、人間の奴隷が同じ状況に置かれていたら「ベタースレーブ(ましな奴隷)」を提言し、支持するのでしょうか。

人間社会の奴隷制は歴史書の中だけに息づくと存在となりました。しかし、畜産に関しては、未だ無数の奴隷が苦しんでいます。

しょせん家畜だから、鶏だからいいのでしょうか。それは「種差別」です。ベターチキンを提唱する人々は「善と愛の皮を被った差別主義者」です。

人間が人間を支配し、搾取、殺害することは許されないが、人間が動物に対して同じ仕打ちをするのを認めるというのは、種を理由とする差別を是認することです。

この理由から、ベターチキン=ましな奴隷の作出も許してはならないのです。

養鶏を含めた畜産は跡形もなく消え去って然るべき、忌むべき産業です。神の摂理を無視し、これに抗う存在だからです。

私は、「すぐには実現不可能だと分かっていても、理想は説かねばならない」と考えます。人間は、それに向かって努力することができる「自由意思」を神から与えられているからです。

歩むべき方向を間違えてはなりません。私達は、ましな奴隷の出現を後押しするのではなく、奴隷のいない世界の到来へ向けて進んでいかねばならないのです。


3078125_s.jpg

きりみ0804さんによる写真ACからの写真

食べているのは鶏の苦しみ

鶏の背骨を折る、首を手で引きちぎる場面あり


https://youtu.be/D0b74bnaXgU

鶏は鶏卵業界の奴隷です。卵は、その奴隷としての鶏の苦しみの産物です。

役立たずの鶏は、容赦なく、背骨を折られたり、首を引きちぎられたりして淘汰(殺処分)されます。足や羽が金網に引っ掛かり、餌も水も摂れずそのままの状態で衰弱死した後、腐敗し乾燥したまま金網にくっついている鶏もいます。

しかし、そのまま放置です。その、放置された鶏の横をベルトコンベアに載った卵が移動して行きます。鶏卵農場では、ありふれた日常の風景でしかありません。

これが鶏卵業界の姿です。どの国でも、どの鶏卵農場でも同じようなことが行われているのです。

鶏卵業界にとっては、商品たる卵を手に入れることが全てです。鶏達の命、健康、気持ちなどどうでも良い、考慮に値しない下らないことです。

養鶏業者の頭の中は、一個でも多く卵を奪取し、一円でも多く利益を上げることで一杯です。

鶏達を、このような奴隷の状態に追い込み、固定化させているのは、鶏卵を食べている消費者達であり、その者達は、この「奴隷化と搾取、虐待」の支持者です。

鶏卵を食べるということは、この動画に登場する「人の皮を被った悪魔達」と共に神の秩序を犯すことに他なりません。言わば「共犯者」です。


皆様、よくお考えになってみて下さい。いつか、皆様も必ず肉体を脱ぎ、この世を去る時が来ます。

その時に、鶏達の悲惨な状況を知りながら、利己的な動機から相変わらず卵を食べ続けていたとしたら、どうなるでしょう。何処へいっても、何をしても、自己中心的で未熟な魂が露わになり、非常に恥ずかしく、かつ、苦しい思いをすることになるでしょう。

「死んだら終わりなんだから構わない」と考えるのは早計です。「死んだら終わりだ」と証明した人はいません。これからも、そのような人は決して現れないでしょう。

もし、死後にも人生があるとしたら、皆様はどうなさるおつもりでしょうか。後悔の念を引きずりながら長い時間を生きるのでしょうか。

言い訳は一切通用しません。神およびその代理人たる高次の存在は全てを知っているのですから。

ゴーゴリと帝政ロシアの官位

ニコライ・ゴーゴリの作品の中には官位の低そうな主人公がたびたび登場します。例えば、『外套』の主人公アカーキー・アカーキエビッチです。

彼は、文書の清書係をやっている冴えない万年九等官です。

この小説だけを読むと、「九等官というのは、箸にも棒にも掛からない低い身分なんだろうな」と思ってしまうのですが、実は、そうでもなさそうです。

帝政ロシアでは、貴族を国家に従属させる手段として、官吏となることを強制しました(貴族の他に、中等教育修了者も官吏になることができました)。そして、官位を規定した「官等(かんとう)表」なるものを制定して、その序列を決めたのです。

このような政策によって、貴族の格は、領地の広さや、所有する農奴の数ではなく、次第に官等表の位階によって判断されるようになって行きます。

では、実際に官等表を見てみましょう。

20200719 070604623
明治32年民友社発行『露国事情』より

九等官は「非役参事官」となっています。軍隊で言うと、「大尉」に相当するようです。等級に附随する尊称は「殿」です。戦前の日本では、大尉は「高等官」とされていましたので、さほど低い地位とは思えません。

また、帝政ロシアでは九等官以上になると「一代貴族」になることができました(「世襲貴族」となるには四等官以上になる必要があります)ので、この意味からも、ゴーゴリが評するほど低い官位とは思えないのですが、当時は、また別の価値観があったのでしょう(「貴族になれるのであれば十分ではないか」と思ってしまいますが……)。

もう一つ、『鼻』という作品に登場する主人公は、八等官です。官等表によると、「参事官補」で、等級に附随する尊称は「貴下」です。

この作品の面白いところは、ある日、主人公が目覚めると自分の鼻が無くなってしまっており、鼻の部分が「のっぺらぼう」のようにつるりとしてしまっているのですが、この、いなくなった鼻が官吏の服を着て、馬車を乗り回し、帝都サンクトペテルブルグの街に出没するようになるのです。

そして、何と、この鼻は五等官なのです。世襲貴族になるためには、あと一歩です。高い地位なのでしょう。自分の主人よりも出世しているとは、なかなか大した鼻ではないですか。

このように、歴史や当時の社会制度、文化等の背景知識を仕入れておくと、より一層作品を楽しむことができると思うのです。私は、「面白そうだナ」と思う作品に出合うと、このような関連知識を毎回仕込むことにしています。

最後に、これはオマケになりますが、『狂人日記』という作品の主人公もやはり官吏で、『外套』のアカーキエビッチと同じ九等官です。

以上の三作品は、いずれも青空文庫から無料でダウンロードできます。皆様もどうぞお読みになってみて下さい。ゴーゴリの作品は、奇想天外で面白いです。


常識を疑え 2 ― 夢見るシャンソン人形 ―

↑かなり古い歌のタイトルですが、仏語を学習した方でしたら、一度は聴いたことがおありでしょう。フランス・ギャルという人が歌っていました。


https://youtu.be/rRva0YOVtcI

仏語歌詞はこちら

この歌には、実は、日本語タイトルとは似ても似つかない深い裏の意味があるのです。

少し例を挙げてみましょう。

曲のタイトルの「Poupée De Cire Poupée De Son」を直訳すると「蠟人形 おがくず人形」ということですが、これは、「見てくれだけは綺麗な蝋人形、だけど、本当は、おがくずが入っただけの中身がスカスカの人形」という意味が込められています。

そして、ここで言う「人形」とは、女の子のことです。

つまり、女の子のことを「容姿は魅力的だけど、頭が空っぽの、男のオモチャになる人形」と暗に表現しているのです。

曲中の「Je vois la vie en rose bonbon」の「rose bonbon」とは、ピンク色のキャンディのことですが、実は、これは女性の「乳首」を仄めかす言葉です。ですから、この部分を意訳すると「私、世の中を乳首で感じるの」といったふうになるのでしょうか。

この流れで行くと、「Les poupées de chiffon(ぼろきれ人形)」とは、男に弄(もてあそ)ばれて、ぼろ雑巾のようにポイッとされる女の子達でしょう(シフォンは、仏語で「ぼろきれ、雑巾」のことです)。その後に、「Elles se laissent séduire(男の誘惑に身を任せるんですもの)」という歌詞が続きますから。

他にも、まだあるのですが、この辺にしておきましょう。

ちなみに、作者のセルジュ・ゲンズブールという人は、言葉に裏の意味を持たせる「ダブルミーニング」という手法を得意としていたようです。こんな歌をフランス・ギャルのようなかわいい女の子に歌わせてニヤニヤしていたのでしょう。

しかし、実にイヤラシイ歌ですね(フランス人を侮辱する言葉に「fuck face」というのがあります。「好き者野郎」というほどの意味ですが、頷けます)。

当時のフランスのお母さん達が「かわいい娘(こ)に、こんなイヤラシイ歌を歌わせるなんて!」と怒り、抗議したことでも、この歌の裏の意味がお分かり頂けるかと思います

もちろん、日本語の歌詞にはイヤラシさのカケラも表現されていません。

日本語歌詞はこちら


「真実は常に隠される」ということでしょう。皆様も、情報に接する時には十分気を付けましょう。

presumption-of-innocence03.jpg

引用:http://i2.wp.com/www.webernote.net/wp-content/uploads/2014/10/presumption-of-innocence03.jpg?w=560

「ちょっとした雑学」カテゴリーを新たに作りました

いつも拙ブログをご愛顧頂きまして、有難うございます。

これまでのヴィーガン・動物愛護や霊的真理にまつわる記事に加え、私が今まで興味を持って勉強したり、調べたりした事柄や、経験から得た知識について書いて行こうと思います。

もちろん、私が書く記事ですから、詰まらないものばかりになるでしょうし、私の興味の対象ということで内容に偏りが生じてしまうかも知れません。が、何かの機会に「話のタネ」として使って頂ければ嬉しく思います。

皆様に「ホー」と思って頂ける記事が書けるよう精進して参りたいと考えておりますので、どうぞよろしくお願い致します。

お肉はパワーが出る←ウソ

「お肉を食べてもパワーは出ない」ということを証明する実験があります:

まず、異なる被験者に以下の三種類の食事をしてもらいます。

・高脂肪、高タンパク食(A)

・炭水化物+脂肪タンパク質の混合食(B)

・高炭水化物食(C)

そして食後、「完全に体力を消耗するまで、最大負荷の75%の力で自転車を漕ぐ」という運動を行ってもらい、持続時間を測定しました。

その結果、食事Aは59分、食事Bは126分、食事Cは189分と持続時間に3倍以上の大きな差が生ずることが分かりました。

参考資料:Scandinavian Physiological Societyによる1967年発表の論文

この実験により、「高脂肪高タンパク食であるお肉ではパワーは出ない」ということが科学的に証明されたわけです。

これでも、皆様は「お肉を食べるとパワーが出る」、「お肉を食べるとスタミナがつく」などという畜産業界が垂れ流すデタラメを信じますか?

お肉などいくら食べても決して元気ハツラツにはなれません。それどころか、消化のためにエネルギーを消耗し、かえって「老け」を早める可能性があります。

野菜は20分ほどで消化されますが、牛肉、豚肉は4~5時間もかかります。この間、ずっと内臓を働かせ続けるわけですから、老化もするでしょう。

こんな、パワーが出るどころか、体の劣化(←もちろん、容姿の劣化も含みます)を促進させるようなお肉を、わざわざお金を出して買う意味があるのでしょうか。

肉食民族たる欧米人は、盛りを過ぎると、坂道を転げ落ちるように容姿が劣化します。その原因は、どうやら、この辺りにあるのかも知れません。

卵は健康に良い←ウソ

― 大腸ガンと鶏卵 ―

卵の消費量と結腸および直腸ガンによる死亡率との間には正の相関関係があります。相関関係は、直腸ガン(男性で0.18から0.49、女性で 0.08から0.45)よりも結腸ガン(男性で0.39から0.63、女性で0.33から0.65)の方が一般に高いことが判明しています。

つまり、これは卵の消費と結腸および直腸ガンのリスク増加との間には関連性があることを示唆しているのです。

では、なぜ卵を食べると結腸および直腸ガンのリスクが増加するのでしょうか?

卵に多く含まれるコレステロールは肝臓で作られる胆汁酸の原料なので、卵を多く摂取すると胆汁酸も大量に作られるようになりますが、この胆汁酸には発ガン性があります。そのため、消化器系のガンになるのです。

加えて、卵黄は胆のうの収縮を促進しますので、消化管への胆汁排泄が増加します。これも発ガンの要因となります。

参考資料:National Library of Medicine
参考飼料:榎木内科循環器科医院


― 前立腺ガンと鶏卵 ―

卵の摂取により、致命的な前立腺ガンを発症するリスクが高まる可能性があります。週に5個以上の卵を食べている男性は、週に0.5個未満しか食べない男性に比べ、前立腺ガンのリスクが81%も増加します。

参考資料:National Library of Medicine


さらに、卵にはコリンという物質が多く含まれていますが、コリンを多く含む飼料を与えられた動物には肝臓ガンが増加することも示されています。

このような科学的な研究結果を前にしても、まだ「卵は健康食」「卵は完全栄養食」などと言えるのでしょうか。これ等は、鶏卵業界が発信する「売らんかな」のキャッチフレーズに過ぎません。

仮に、消費者がガンになったとしても、鶏卵の摂取とガン発症との間の因果関係など証明できないでしょうから、鶏卵業界は言いたい放題、嘘のつき放題です。

皆様は、騙された挙句にガンとなって、苦しみながら人生を終えたいのでしょうか。

もし、それがお嫌なら、今、決断しましょう。


山の夏 ムカデの夏

昔、「金鳥の夏 日本の夏」というコピーのテレビCMがありました。あれを見るたびに「あー、やっぱり日本の夏はいいな~」と思ったものでした。

↓この動画の1分48秒からの小柳ルミ子さんのCMです。


https://youtu.be/cW03H5eSyU8

夏の山暮らしは、とても楽しいものですが、「ムカデ」がなかなか困りものです。そんなムカデにまつわる話を一つ……

山暮らしを始めた頃、蚊帳(かや)は通常タイプのものを使っていました。↓これです。

4970098870273lh_3L.jpg
引用:https://lohaco.jp/product/L06699097/

これは、下部が網で覆われておらず、蚊帳の裾(すそ)を上げて出入りします。この、畳と蚊帳の裾の隙間から虫が侵入して来るのです(←それに気付いたのは、しばらく経ってから)。

ある日の夜寝ていると、足の指に五寸釘を打ち込まれたような衝撃的な痛みが走りました。何が起こったのか理解できず、「これは夢に違いない」と自分に言い聞かせ、再び寝ようとしました。

しかし、ズキズキと激しく痛み、とても眠れたものではありません。「どうしよう。やはり、夢ではなかったのかな」などと考えながら布団に横たわっていると、脇腹から胸にかけてモゾモゾ感が……

気のせいだと思い、目を閉じてしばらくそのまま横になっていましたが、相変わらずモゾモゾ。

何かイヤなものを感じて、寝間着代わりに着ていたTシャツを脱いでみました。すると、巨ムカデが……

この一件により「ムカデ用蚊帳(←下部もしっかり網で覆われていて安心)」というものがあることを知り、購入することになりました。↓これです。とても痛烈な体験学習でした。

20200714 130607381

引用:https://www.komeri.com/disp/CKmSfGoodsPageMain_001.jsp?GOODS_NO=1799820

その後、ムカデはゴム手やゴム長の中などにも入り込むので、身に着ける前には必ず確認しなければならないことを、何度も痛い思いをして経験して行くことになるのです。

差別と類友の法則

皆様も「類友の法則」はご存知でしょう。「自分のレベルにふさわしい人が寄って来る」という法則です。自分と同じ雰囲気、ニオイを敏感に嗅ぎつけ、それに引き寄せられるのです。

ところで、皆様は「差別的な対応をされた」というご経験はおありでしょうか。お気の毒ながら「ある」とお答になられた場合は、ご自身の考え方や、行動を見直してみる必要があるかも知れません。

差別者には差別者が引き寄せられて来るからです。

「私は、差別的考えなど一切持っていないし、差別をしたこともない」と言い切ることの出来る人はほとんどいないでしょう。人は皆、無意識に差別をしています。学歴で、家柄で、資産で、そして、顔や体の美醜で……

「人間と動物は違うから」という考えの下に家畜達を残酷に扱うのも、やはり差別の一形態です。動物性食品を摂取するということは、このような差別を認めることに他なりません。

もし、他人から蔑(ないがし)ろにされたり、差別的な取り扱いを受けたくないとお思いになられるのであれば、家畜達への差別を止めて下さい。

これを止めない限り、皆様に対するいわれなき侮蔑や差別は決してなくならないでしょう。

類は友を呼び続けるからです。

常識を疑え

「学歴が高いことは素晴らしいことだ」というのが、この世の常識です。しかし、本当にそうなのでしょうか。

よくよく考えてみると、「天賦の才を持つ本当に凄い人」には学歴は必要ないでしょう。また、本人も、そのようなものには全く興味を示さないと思うのです。

「本当に凄い人」は、誰が見ても「本当に凄い」と分かりますから、自分の凄さを相手に納得させる手段たる証明書を取得する必要はありませんし、身一つで世の中を渡っていけますから、人に雇われる必要もありません。

実は、学歴は、特殊な技芸を何一つ持っていない、何の取柄もない人が世の中を渡っていく(より具体的には、人に「労働力」として使ってもらう)ためのパスポートに過ぎないのです。

だから、学歴が高いことは、実は、自慢できることでも何でもないのです。「特別な才能など何も持っていない」ことの証なのですから。

世の中には、普段は当たり前だと思っていても、じっくり考えてみるとおかしなことが沢山あります。常識は疑ってみた方が良いでしょう。

私が言うところの「本当に凄い人」とは、以下のような人です。:

シュリニヴァーサ・ラマヌジャン(「数学の魔術師」と言われたインド人数学者。高等数学の正規教育は受けていません)

こちらのサイトも是非ご参考になさって下さい。

ジェシー・リバモア(米国の伝説の大投機家。この人にも学歴はありません)

ルイ・アームストロング(ジャズトランぺッター。正式な音楽教育は受けていません)

↓1955年欧州ツアーにおける歌と演奏。曲は「All Of Me」

https://youtu.be/R07puT0mQcs

さよなら乳牛

酪農業界は、いずれ消え去る運命にあります。自動車の出現により淘汰された馬車業者のように。

ここに、その具体例があります。

米国カリフォルニア州で最も伝統のある酪農場Giacomazzi Dairyが、酪農業を廃業し、新規事業としてアーモンド栽培への転換を図りました。同農場は既に400エーカー(約489,600坪)にのぼるアーモンドの木を保有しており、更に500エーカー(約612,000坪)分を追加植樹する予定だそうです。

米国ウィスコンシン州では、牛乳の価格は長期に渡り下落し続け、それが原因で倒産する農場は少なくありません。1日に3戸の農場が廃業しています。

この流れに対して、酪農業界は強い抵抗を示し、何とか存続を図ろうと必死です。しかし、無駄な「あがき」というものでしょう。同業者から既に離反者が出ているのですから……

多くの有名な大企業、例えば、Dean Foods やDanone(←これは日本でもヨーグルトで有名なフランスの企業)は、植物をベースとしたミルク飲料の会社に投資したり、それ等を買収したりして、生き残る道を模索していますし、また、米国で最も伝統のある最大手乳製品会社の一つであるElmhurst Dairyですら、牛乳から、100植物ベースミルクの加工へ舵を切っているのです。

酪農関係者は知っているのです。「酪農業界に未来はない」ということ、つまり、自分達は現代の「馬車業者」であり、いずれ産業の表舞台から消えて行く運命にあるのだということを。

この流れは、ますます勢いを増すでしょう。そして、やがては濁流の如く他の畜産業界(食肉、鶏卵)をも飲み込んで行くことでしょう。

参考記事:California’s Oldest Dairy Farm Trades Cows for Almond Trees

ヴィーガンは邪魔

↑このような肉食者の書き込みを、youtube動画のコメント欄で見ました。

「多くの人がヴィーガンの主張に賛同するようになれば、いずれ自分達は、肩身の狭い存在になってしまう。だからヴィーガンは邪魔だ」という趣旨の投稿でした。

肉食者も薄々感じているのです。長い時間をかけて、追いつめられていくことを。そして、「現在の喫煙者のような日陰者」として自分達を扱うようになる社会の到来を阻止することは出来ないということを。

当たり前のことでしょう。この世は神が造ったものです。神の秩序が支配すべき場所です。人間と動物達の関係性における神の秩序とは、「仲間として愛し合い共存することにより、相互の霊性を高めて行く」という秩序です。それが浸透し定着して行くだけのことです。

そもそも、地球からしてみれば、アナタ達のような動物性食品摂取者こそ邪魔な存在でしょう。アナタ達が原因で病み、破壊されているのですから。

昨今の、異常気象は、私達人間達を排除しようとする地球の意思の表れなのかも知れません。

391287_s.jpg

秋雪さんによる写真ACからの写真

老人と肉

有名な小説のタイトルに似ていますが、内容は無関係です。

私の住んでいる所は過疎化が進み、高齢者ばかりです。当然、平日のスーパーも高齢者がほとんどです(土日は多少、若年層の方々がいらっしゃいます)。

お買い物に行くと、お肉売り場の近くに立って人々の様子を眺めるのですが、カートにしがみついて、やっと歩いているような高齢者でも、そのカゴの中には、必ずと言っていいほど、お肉のパックが入っているのです。

このような光景を目にすると、とても残念な気持ちになります。

もし、この高齢者達が家畜として生まれていたとしたら、不衛生な環境で虐待されて生活するのは嫌でしょうし、残酷に殺されるのも、もちろん嫌なはずです。

「自分がされて嫌なことは、他者にもしてはいけない」というのは、幼児でも理解できる「真理」のはずです。この真理を否定する人は、恐らく一人もいらっしゃらないと思います。

この、お肉のパックをカートに入れている高齢者達は、その歳になるまで、そのことに思い至ることなく生き、そして、恐らく、最後まで気付かずに死んで行くのでしょう。

せっかく長く生きているのだから、気付いて頂きたいと思うのです。

人生の目的は、霊的な真理に気付き、自らの霊性を進化させる、そのことに尽きるのですから。

自然災害とヴィーガニズム

世界の農地の83%は、畜産と酪農、つまり、食肉と乳製品、鶏卵の生産のために使われています。そして、そこから排出される温室効果ガス(二酸化炭素)は排出量全体の60%をも占めています(学術雑誌「Science」に掲載された論文中のデータ)。

研究では、水の使用量、温室効果ガス排出量を調査し、農業生産が大気や水の汚染にどの程度関与しているかを調べました。その結果、最も環境に負荷を与えているのが畜産と酪農であることが判明しました。

下記食品を100グラム生産する過程で生じる、温室効果ガスの排出量は以下の通りです:

・牛肉→50kg
・チーズ→11kg
・鶏肉→5.7kg
・豆腐→2kg

このデータからも分かるように、畜産酪農製品は、最大25倍、最小でも約3倍、豆腐に比べ、環境に悪影響を与えているのです。

仮に肉類と乳製品の摂取を止めれば、世界の75%以上の農場が不要になります。これにより米国、中国、EU、オーストラリアを合わせた面積を自然の環境に戻すことが出来ると言われています。

エコカーや省電力家電を購入してみたり、冷暖房の使用を極力控えたりしても、食肉と乳製品の摂取を止めることに比べれば、その効果は微々たるものです。「やらないよりはマシ」な程度に過ぎません。

研究者達は、こう結論付けました。「環境を守る最も効果的な手段は、完全な菜食に移行することだ」 

豪雨等の災害が、年々その規模を増しています。これ等の自然災害は、科学者達の警告に真摯に耳を傾けるべきことを告げているようです。

3035041_s.jpg

izu3さんによる写真ACからの写真

命の芽

無精卵は、人間の女性の経血と同じものです。では、有精卵は?

↓これです。これはフィリピンの「バロット」というアヒルの卵料理です。孵化前のヒナを殻のまま茹でて作ります。ニチャニチャとした歯応えで、味は、鳥肉に近い卵の黄身の味だそうです。


20200426131615.jpg

引用:https://philippinescebu.hatenablog.com/entry/2020/04/26/131649

アヒルの卵に限らず、有精卵は温めると将来こうなります。有精卵は、鳥の命の芽なのです。時間的に早いか遅いかの違いでしかありません。

有精卵を食べることは、この「鳥のヒナ料理」を食べるのと同じことです。

有精卵を好んで召し上がる方がいらっしゃいます。アナタが口にしていらっしゃるモノの将来の姿は、これなのです。

有精卵を好む方は、当然、このバロットもじっくりと味わうことが出来るのでしょう。同じものなのですから。

「卵を食べたって、鳥の命まで奪ってるワケじゃないんだからいいじゃない」という言い訳は通用しないのです。「有精卵を食べる=鳥を口に入れてクチャクチャと噛んで殺す」ことです。

知った人から行動しましょう。

牛乳の命運

海外では、牛乳の命運は尽きかけています。

最新の調査によると、英国では、1970年代の半分の量の牛乳しか飲まなくなっています。

米国でも、同様です。その消費は1975年に比べ、40 %減となっています。

最早、牛乳は「健康飲料」として皆が飲むべきものではなく、コーラやコーヒー、アルコールと同じ単なる「嗜好品」と考えられるようになっています。

つまり、単に「飲みたい人だけが飲む」ものでしかなくなっているのです。これが世界のトレンドです。これに抗うことは何人たりともできません。たとえ、巨大企業であったとしても。

その証拠に、例えば、米国で最も歴史のある最大手の一つであるBorden Dairy(←日本でもアイスクリームの「レディーボーデン」は有名でした)は破産し、表舞台からその姿を消しました。

その他の有名企業(Dean Foods :94年の伝統を誇る米国最大手牛乳生産企業)も、このトレンドの渦の中へ飲み込まれ、91%の減益という苦杯を舐めました(昨年11月破産申請)。

人々の意識の変化、つまり、真実(牛乳の害)に気付いたことが、そうさせたのです。

目を日本の外に向けてみて下さい。大きなうねりが巻き起こっています。その波は、いつの日か必ず畜産業界をすべて飲み込んで対岸へと到達し、そこで「完全な植物ベースの食のシステム」を開花させるでしょう。

皆様の意識は、この世界的潮流と一致しているでしょうか。

知った人から行動しましょう。

参考資料:

瀕死状態の米国「牛乳」業界、老舗のボーデンも破産宣告

アメリカ消費者の「牛乳離れ」が深刻、最大手が破産宣告←Dean Foods に関する記事

物欲と自己顕示欲

無関係なように思える、この二つの欲。実は、密接に関連していることが多いのです。

自動車を例にとってみましょう。

高級車に乗りたがる人は沢山います。もし、本当にその車のデザインや性能が気に入って、「どうしても、これでなきゃ」という思いで購入するのなら良いのです。その車の価値を正しく評価した上での欲求だからです。

しかし、そういう人ばかりではないのです。「凄い自分」を他人に見せつけるための単なるアクセサリーと考えている人も、また多いのです。

「こんな凄い高級車が買えるオレは凄いんだ。オレの凄さを見てくれ!」というワケです。

こういう人は、それを更に上回る凄い車を見付けると、妬みや悔しさから心が穏やかでなくなります。そして、挙句の果てには「何とかその車を買うことは出来ないだろうか?」などと考えたりします。

その車の方が、「凄いオレ」をより強力にアピール出来るから欲しくなるのです。車に対する愛着も何もあったものではありません。

しかし、こんなことにお金を掛けるのであれば、本当に凄い人になれるよう努力した方が良いでしょう。本当に凄い人になれれば、もう凄い自分を演出する必要が永久になくなるのですから。

イエスは、こういう人を「(豪華な衣に身を包んではいるが、実は)裸の者であることが分かっていない」と評しています。

このことは、家、服、装身具……あらゆる物に言えることでしょう。

皆様は、「裸の者」になってはいないでしょうか。

人生の脇道は本道

「自分は人生の本道を外れて、脇道にそれてしまった。もう一度やり直せたらな」とお思いになられたことが、一度はおありでしょう。私もそうです。

しかし、たとえやり直したところで、一切は今まで起こって来た通りになってしまうでしょう。何故なら、人生には元々「本道」などというものは存在しないからです。

判断を誤ったから道に迷ったのではありません。迷うべくして迷ったのです。つまり、私達が「脇道」だと思っているものが、実は「本道」なのです。

ですから、皆様が今まで歩んでこられた道が、皆様にとっての正しい道なのです。

その道で精進し、歩き通しましょう。皆様にとって実りある歩みとなるでしょう。

1198137_s.jpg

RRiceさんによる写真ACからの写真

白い毒物― 子供にとっての牛乳 ―

米国ワシントンに本部を置く非営利団体「責任ある医療のための医師の会 (Physicians Committee for Responsible Medicine)の臨床研究部門責任者Hana Kahleova氏(医師、医学博士)は、人間の子供が牛乳を飲んではいけない理由を、こう説明します。

「人間の赤ん坊は、約半年間かけて体重を倍増させますが、子牛は、たったの40日でそれを行います。生理学的な要求が全く異なるのです。牛乳および乳製品は人間の子供にとって重大な疾病リスクをもたらします。人間は、こういった食品を摂取すべきではないのです。」

例えば、乳がんの芽は思春期にできるそうです(出典:乳がんと牛乳←山梨医科大学名誉教授 佐藤章夫氏のホームページです)。

牛乳は子牛の成長および健康にとって最適な成分を含有しています。決して、人間の子供にとってのそれではありません。

お子様の現在の、そして将来のご健康を願うのであれば、どうか牛乳および乳製品を与えないで下さい。

もし、給食での牛乳の摂取が選択制になっている地域にお住まいなのであれば、牛乳を飲まない選択をなさって下さい。そのような地域ではない場合は、地方議員に陳情し、議会で取り上げさせるようにして下さい。

牛乳を飲まない子が増えています。学校現場の給食では、何とか牛乳を子供達に飲ませようと必死です。

マトモな感覚の持ち主であれば、「需要がないのであれば、供給を減らそうか」と考えますが、教育関係者は違います。「ミルメーク」等の牛乳調味料を混ぜて味を誤魔化し、無理矢理飲ませようとしているのです。

20200703 065304109

学校給食用ミルメーク: コーヒー味の他に、ココア、いちご、バナナ、メロン、抹茶きなこ、キャラメル味があります。
引用:https://www.milmake.com/product/milmake/

牛乳には、オイシイ利権があるからです。甘い汁を吸い続けるためには、是非とも子供達に牛乳を飲んでもらわなければならないのです。子供達の健康がどうなろうと知ったことではありません。

皆様は、大切なお子様が、卑しい大人達の利益の犠牲になっても構わないのでしょうか。

20200703 094211740

知った人から行動しましょう。

家庭内放送局

家人のことです。ネット等で自分の見聞きした情報を何でも私に喋ります。私は、静かな環境を好みますので、非常に煩(うるさ)くて閉口します。

私が忙しい時でも、後をついて回ったり、横にピタッと貼り付いて喋るのです。

有益な内容でしたら、多少我慢も出来るのですが、下らない話ばかりで……

「世の中の動きについて行かねば」というのが、家人の信条のようですが、修道院的生活を理想とする私としては、迷惑な話です。

子供のころから母親に対して同じことをやっていたようですので、単に母親から私に乗り換えただけですね。

「私は、アナタのママじゃないんだっ!」

これを書いて、少しスッキリしました。お目汚しで、大変失礼致しました。m(_ _)m

こういう珍奇な性癖がある配偶者をお持ちの方は、いらっしゃるのでしょうか……

20200630 135441282

「家庭内放送局」の標識があったら、こんな感じだろうなと考えて作ってみました。

クニャクニャの正体は?

グミ、ゼリーやマシュマロのようなクニャクニャした食べ物の原料は? ゼラチンです。

では、ゼラチンの元の姿というのは一体どんなものなのでしょう。

↓これです。牛や豚を殺して作っているのです。グミやゼリーは、宝石のように綺麗な見た目とは裏腹の「血生臭い」食材を使った食品と言えるでしょう。

ゼラチンは何から作られる?(This is where gelatin comes from)←動物愛護団体「Mercy For Animals」のフェイスブックの動画に飛びます。

グミやゼリー、マシュマロを購入する時や食べる時に、「これは動物を殺して作ったものだ」ということに思い至ることはまずありません。見た目の綺麗さ故(ゆえ)、そして、動物の命の片鱗さえも感じさせることのない加工のため、「殺害」の観念と結び付きにくいのです。

が、しかし、事実殺しています。皆様は、家畜達を殺して、グミやゼリー、マシュマロを召し上がっていらっしゃるのです。

あらゆる動物性食品から、「殺し」の観念を拭い去ることは、絶対にできません。動物性食品を食べることは、殺すことです。

動物性食品摂取者の体は、「家畜達の墓場」と言えるのではないでしょうか。

知った人から行動しましょう。

tumblr_nq666f3YQm1roqhllo1_1280.png

引用:https://i.pinimg.com/236x/99/6f/86/996f86ce3a988017ccc9c614222dca62--horse-meat-marshmallows.jpg

ミニチュアペットの可能性

先日、お買い物に出掛けた時に、ペットの黒いマイクロ豚を連れた人がいました。柴犬ぐらいの大きさでした。

普段眼鏡を掛けない私は、よく見えず、最初は黒犬かと思いましたが、どうも外見が変です。

「例のケモノ(←イノシシのことです)」に似ている気がするのです。しかし、こんなに小さい成体のイノシシがいるわけないし……と、あれこれ考えていると、家人が「あれは、どう見ても豚だ」と言うのです。

「これが、あの噂のマイクロ豚か!」と興奮しました。周囲には、けっこう人が集まっていて人気者になっていました。幸せそうな満ち足りた顔をしていたそうです(家人談)。とても可愛がられているんでしょうね。

その後、家人との間で「豚って、とても好奇心旺盛で知的なのよ。行動範囲も広くて、一日数十キロ歩くこともあるんだから」「へー」と、豚の話に花が咲きました。普段、家畜の話に興味など示さない家人が熱心に聞いてくれました。

その時、ふと思ったのです。マイクロ豚のような家畜系のペットが一般的になれば、家族として愛し合って一緒に暮らして行く中で、「食肉って、結局この子の体の肉のことで、私達が食べているのは、この子の仲間だ」と、気付いてもらえるのではないかと。

「身近に感じられるからこそ、そこから一本の線が伸びて行って、その先にある大きな問題に辿り着き、それに気付く」というケースは、たくさんありますね。これもその一つでしょう。家畜系のペットが、「畜産の問題」を飼い主の目の前にグッと引き寄せたのです。

「これって、どんな動物愛護活動よりも効果があるのかも知れないな」と、生マイクロ豚を見た日から、ふとした時に考えています。

もちろん、人間が手を加えて自然界に存在しない動物を作り出してしまって良いのかという倫理的な問題や、ペットとして飼うということになると、それに付随する負の問題、つまり、虐待や放置、遺棄等の問題が発生してくることになるので、イイ事ずくめではないのですが……

ちなみに、豚以外にも小型化された愛玩動物はいるのか気になったので調べました。

ミニチュアホース(馬)、ミニチュア牛、ミニアヒル、プチコッコ(小さな鶏)…… 色々といるんですね。

これから飼うご予定の方、既に飼っていらっしゃる方、どうか、最後の最後まで、仲間、家族として愛して護(まも)ってあげて下さい。

チーズは麻薬(モルヒネ様物質)

多くの研究から、モルヒネは脳神経にある「オピオイド受容体」というタンパク質と結合して快楽を生じさせているということ、および脳の中には「脳内麻薬物質」が存在していることが判明しています。

そして、ヒトや動物の脳内には、このオピオイド受容体と結合可能な「ペプチド」と呼ばれる物質が存在し、これが神経細胞から分泌されることで「快楽」を感じるのだということが分かっています。

では、何故モルヒネを服用すると快感を覚えるのでしょうか。我々の脳の中には、「エンドルフィン」という脳内麻薬物質のための受容体があり、モルヒネはそこに結合可能な構造をしているのだと考えられています。

実は、チーズはこのモルヒネと同じ様な物質なのです。

ミシガン大学の研究者によると、「チーズは、中毒性の薬剤中に見られるような物質を含有している」というのです。これが「カゼイン」です。これを分解して出来たペプチドから、オピオイド受容体と結合する活性のあるものが見つかっているのです。

チーズは、牛乳を凝縮して作られるため、牛乳の中に含まれるカゼインも当然凝縮されます。結果として、チーズには中毒性の「高濃度カゼイン」が含有されることになります。

ちなみに、「イエール大学食品中毒スケール(中毒的な摂食行動を25の質問で計るもの)」のトップランクに位置する食品は、チーズが含まれた食品だということです。

チーズは、食べれば食べるほど、ハマって抜け出せなくなる「蟻地獄食品」と言えるでしょう。

参考資料:EveningStandard

3360264_s.jpg

redpepper444さんによる写真ACからの写真

悔やみは喜び

一見相反するようですが、悔やみと喜びは表裏一体、コインの裏表です。

歳を重ねるにつれ、ふと昔の自分の言動を思い出し、「なんて心無いことを言ってしまったのだろう」とか「随分と恥ずかしいことをしてしまったものだ」などと後悔することが多くなります。いわゆる「穴があったら入りたい」という心境です。

しかし、よく考えてみましょう。

「当時の自分の発言や行動が至らないものだった」と気付くことができたのは、それだけ今の自分が成長し、熟したからです。

つまり、様々な経験を経て、魂を磨き、霊性進化の螺旋(らせん)階段を、何段も上(のぼ)って来たからこそ、高い位置から、物事のあるべき姿というものを見極められるようになったのです。

実は、喜ばしいことなのです。後悔の数が多いというのは。何故なら、それだけ霊性が純化され、高められた証(あかし)なのですから。

後悔の念の数は、霊性進化のマイルストーン(里程標:距離を表す標識)と言えるのかも知れません。

2877174_s.jpg

K.M=KARIBITOさんによる写真ACからの写真

血まみれのファッション ― 牛皮革―

牛達が、何度もハンマーで頭を殴られています。その後、首をナイフで切り裂きます。意識のある状態で。ただ、ファッション用牛革を得るためだけに(もちろん、皮を剥いだ後は食肉となります)。

皆様の革靴、革ブーツ、革ベルト、革手袋、革鞄(かばん)、革財布等は、このようにして作られています。

牛皮革は、もともとは牛の皮膚でした。それをファッションのために無理矢理剥がして加工したのです。

もし皆様がお持ちの皮革製品が、人間の皮で出来ているものであったとしたら、どうでしょうか。「使い込めば、使い込むほど深い光沢と味わいが出る」などと言って使い続けることが出来るでしょうか。無理でしょう。

牛の皮は問題ないのに、何故、人間の皮は無理なのですか。

昔、ナチスドイツの残虐性を喧伝(けんでん)するために、「ナチスが囚人の皮膚で本のカバーやランプシェードを作った」と大騒ぎをした人々がいました(物的証拠は何一つ提出されませんでした)。

恐らく、当時大騒ぎをした人々の少なくとも幾人かは、革靴を履いて、革のベルトを締め、革財布を持っていたでしょう。

一方で、自分達が皮革製品を使用することで残虐な行為を支持、または黙認しながら、他方では、正義感ぶって、ありもしない話をデッチ上げナチスを非難していたのです。種差別主義者が人種、民族差別を糾弾していたのです。

皆様は、この「正義面(づら)」をした人々と同種の存在になってはいないでしょうか。


https://youtu.be/PJKEN0GBXgg

山の夏の生活

皆様、↑このタイトルから何をご想像なさいますか? 何か、別荘的な優雅な生活でしょうか。

残念ながら、全然違います。山の夏の生活は、「雑草と害虫との闘い」 これに尽きます。

山の頂上付近は紫外線が非常に強いですし、また、湿気も多いため、とにかく、雑草の伸びが速いです。家の敷地内の雑草を全部取るには、二週間ほどかかるのですが、それぐらい経過すると、せっかくやった個所が、ほぼ元通りになっているのです。

なので、夏の間中、毎日延々と草取りを繰り返すことになります。

農業用の「刈払い機(←これでバリバリと草を刈るのです)」というのを持ってはいるのですが、敷地内には、庭石や飛び石、植木がたくさんあるので、使えないのです。ひたすら手作業が続きます。

mono20098128-151106-02.jpg
引用:http://u0u1.net/JcVh

一体どんな格好でやるの?

・まず、作業用の服を二重に着て、その上に農作業用ツナギを着ます。

・手はゴム手を二重に。腕にはアームカバーを付ける。

・足はロングの厚手靴下を履いてからゴム長。膝には、膝当てパッド。

・顔には、紫外線防止の顔当て布をつけて、高所登山用サングラス。その上から更に黒い布を頬かむりします。

・そして仕上げに紫外線対策用つば広帽子。

これで完成!

真夏に直射日光の下で、こんな格好をするワケですから、とにかく暑い暑い。

害虫も手強(てごわ)い相手です。

蚊はウヨウヨいますし、スズメバチの威嚇を受けない日はありません。ムカデもいっぱいです(←家の中にも……しかも巨大)。この時期、マダニも極めて身近な存在となります(以前、噛まれてエライ目に遭いました)。

これじゃ、イイ事一つもない……ワケではないのです。

例えば、水浴びの心地良さ、蛙(かわず)の鳴く音(ね)を聞きながら眠りにつく幸せ、蚊取り線香の良い香り、浴衣(ゆかた)と団扇(うちわ)で装う嬉しさや、ゴーヤ、オクラ、茄子(なす)などの夏野菜の美味しさ、そして、七夕、花火、お盆などの行事の楽しさ……

私は、このようにして過ぎて行く、山の夏が大好きです。

皆様の夏は、どのような夏なのでしょうか。

これ3

夏が来ると玄関に飾る、お気に入りのオブジェ(右側の黄緑色の物体は蛙です)

残念な犬愛好家へ ― 終わりに ―

もし貴女が、一連の拙記事をお読み下さったのであれば、「私のことだな」とピンと来られたことでしょう。

確かに貴女のブログは、ご自身が管理なさっていらっしゃる個人的な媒体です。しかし、だからと言って何を書いても良いというわけではないと思うのです。たとえ、プロの文筆家でなくとも表現には一定の社会的責任が伴うからです。

貴女は、動物愛護に携わっていらっしゃいます。その立ち位置は、是非お守り頂きたいのです。貴女がお書きになられる表現に関しても、逸脱することが出来ない一定の枠が存在するように感じています。

貴女が蒔いてしまった間違った種は、やがて芽吹き、成長して実を結ぶでしょう。そして、その間違いの実を食べ、それが血肉となった人々が現れてきてしまうことでしょう。

残念な犬愛好家へ ― その5 ―

ご主張:平飼い卵を選んで欲しい

平飼い鶏は、バタリーケージの鶏達より多少待遇が良いからこのようなことを仰るのでしょうか。

昔、ナチスドイツの強制収容所に「カポ(Kapo)」と呼ばれる人々がいました。 囚人の死体の処理等の汚れ仕事を引き受け、収容所の維持管理の末端の仕事を行う代わりに、ある程度の良い待遇が与えられていました。

しかし、当たり前の話ですが、ナチスにとっては、カポは所詮絶滅対象たる劣等人種に過ぎないわけですから、使うだけ使って最後は始末していました。

このカポは何かに似ていませんか。平飼い鶏です。平飼い鶏達も、散々利用された挙句、意識のあるまま首を切られたり、生きたまま熱湯に放り込まれたりして殺されるのです。まさに、「鶏のカポ」ではないですか。待遇が多少良くなればそれで良いというものではないでしょう。

貴女は、カポとして生きることを強いられた人々、および、その遺族や子孫達の前で「待遇が良かったんだからいいじゃない。一般の囚人達よりは恵まれていたんだから」と言えますか。貴女がそのようなことが言える感性をお持ちの場合は、どうぞ、どんどん平飼い卵の購入を推奨なさって下さい。

貴女の理屈によれば、「多少待遇の良い奴隷を使役して生産された物品の購入」は何の問題もないのですね。しかし、それならば、何故奴隷制はなくなったのですか。それが神の秩序に反したからではないですか。

「平飼い鶏の搾取システム」も同じです。それは、神の考えた「人間と動物達のあるべき秩序」、つまり、「相互に学び合い、愛し合うことで双方の霊性を高めて行くという秩序」を真っ向から否定する、思い上がったやり方です。

人間と鶏は違う?「食物連鎖の頂点に君臨する人間」などと平気でお書きになる貴女ですから、そのような言い訳をなさるのかも知れません。

しかし、そのような譫言(うわごと)は通用しません。何故なら、それは「種差別」ですから。この概念が登場した1970年代から、種差別を正当化する筋の通った理論は全く生み出されていませんし、これからも決して生み出されることはないでしょう。何となれば、種差別論は「神の真理」だからです。

そもそも、基本に立ち戻って考えるに、鶏卵は鶏の生理です。食べ物ではありません。貴女は、基本的な認識を正す必要があります。

生理を食べるということは、こういうことです。女性の経血を加熱し、それをチューチュー吸っている姿をご想像なさってみて見て下さい。気分が悪くなりませんか。おぞましい姿でしょう。貴女は、このようにすることを推奨しているのです。

採卵鶏の福祉の向上は、平飼い卵の購入などによっては決して達成できません。それを可能にさせる行動は唯(ただ)一つ、「卵を食べない」という決断をし、実行に移すことです。

残念な犬愛好家へ ― その4 ―

ご主張:動物性食品は無駄にすることなく食べて欲しい 

無駄にしようがしまいが関係ありません。無駄にせず使い切ったところで「搾取され、身も心もズタズタにされて殺された」という事実は変えることが出来ません。家畜達はもう二度と戻っては来ません。

「犠牲になった命を無駄にしてはいけない」と仰りたいのでしょう。いかにも肉食者が言いそうなセリフです。しかし、そもそも、嗜好品(畜産製品は全て嗜好品です。摂取しなくても何も困ることはないからです)を得るために命を犠牲にすること自体が間違っているのです。

「自分は犠牲になった命を決して無駄にはしていないのだ。きちんと向き合って、頂いているのだ」などというムシの良いことを考えたところで、それは所詮、後ろめたさを希釈しようとする姑息な言い訳でしかありません。

そもそも、貴女の取り組んでいらっしゃる動物愛護とは何でしょう。「生きている」動物を愛し、護ることでしょう。殺された後の死体(食肉は家畜の死体です)や、残された遺品とも言える牛乳やチーズ、鶏卵の取り扱いに関することではないのです。

虐待し、惨殺した後で、死体や遺品を大切に扱ったところで一体何になりますか。

貴女の仰っていることは、単なる「もったいない論」です。動物愛護とは何の関係もありません。無駄にしてはいけないのは、何も畜産製品だけではありません。穀物や野菜、果物、海藻類……すべて無駄にしてはいけないのではないですか。

貴女は、貴ブログにアクセスなさる人々に、誤解と間違った印象を与えてしまいました。「動物性食品を無駄にせず使い切ることも、動物愛護に適(かな)うことなのだ」という誤解と印象を。

そして、「犬猫その他の動物を愛玩しながら、動物性食品を摂取しても問題はないのだ、そこには矛盾はないのだ」という誤った確信をお持ちになられた読者の方もいらっしゃったことでしょう。何故なら、「動物愛護をやっている愛犬家」が、そう書いていたのだから。

ここでも、貴女は、動物愛護という看板を掲げながら、人々に誤った免罪符を与えました。ちょうど、中世の堕落した神父達のように……

この罪は決して軽くはないでしょう。

残念な犬愛好家へ ― その3 ―

ご主張:殺された家畜達に対して感謝の念を持って欲しい

例えば、貴女をレイプしたケダモノが、貴女の面前で「気持ち良かった。ありがとう」と感謝したら、貴女は、そのケダモノを許せますか。許せないでしょう。

家畜も全く同じです。自分達を拘束して、本来の自然な生活を奪い、虐待し惨殺した人間、およびそれを支持または黙認した人間(これが、まさに動物性食品摂取者です)が口先だけの感謝をしたところで、動物達は決して許さないでしょう。

もう一つ例を挙げましょう。貴女の大好きなペットの犬が盗まれて食べられてしまったとしましょう。海外では、こういった事例が頻発している国がありますので、あり得ない話ではないのです。そして、盗んで食べた人間が「美味しかった。ありがとう」と手を合わせたら……

どうです?貴女は許せますか。許せないでしょう。相手がいくら感謝の念を持ったところで許せないものは許せないのです。感謝の念なんて何の意味もないのです。それは、単なる自己満足、あるいは、後ろめたい気持ちを覆い隠し、正当化する為の戯言(ざれごと)にしか過ぎません。

後ろめたい気持ちを抱きつつも、動物性食品の摂取を止めることが出来ない者は、「感謝の念を持って頂けばいいんだ」という発言を頻繁にし、かつ、その言葉を聞くと安心するものです。

ここで貴女は、このような「悪いと知りつつ行為する者」に免罪符を与えてしまいました。「感謝して食べれば良いんだ。だって、動物愛護をやっている愛犬家が、そう書いていたんだから」と開き直るための。

貴女が貴記事をお書きになられたのは2016年です。動物愛護の看板を掲げる一方で、実に4年もの間、貴女は、動物性食品の摂取に後ろめたい感情を抱いている人、および、「動物性食品はもう止(や)めようかな」と迷っている人に免罪符を与え続けて来ました。

貴女が、もし正しい道をお示し下さっていたなら、その道へ勇気を出して踏み出した人々は少なからずいらっしゃったことでしょう。

それを押し止(とど)めたのは、紛れもない貴女です。

残念な犬愛好家へ ― その2―

ご主張:その時がくれば、安楽死の方法を以て屠殺して欲しい

「その時がくれば」の「その時」とは何でしょう。明らかに寿命で死ぬ時ではありませんね。家畜の一生は、自然な状態の寿命に比べ遥かに短いです。その時間は、人間が自分達の経済的利益の最大化の観点から好き放題に決めているものです。貴女は、それを是認なさるのでしょうか。

貴女は、「人間には動物達が死ぬ時期を決める権限がある」とでもお考えなのでしょうか。残酷な畜産を平気で行うことが出来る霊性の極めて低い人間を「文明人」と評する貴女ですから、そのような思い上がったお考えをお持ちでいらっしゃるのかも知れません。

しかし、人間には動物達が死ぬべき時期を決定する能力も権利も一切ありません。それを決めることが出来るのは、唯一、それ等の動物達を創造した神のみです。人間には、自然界に存在するのと同等の完全な動物をゼロから創り出すことは出来ません。そのような能力もないくせに、どうして勝手に寿命を短縮したり出来るのでしょう。

動物達は、人間と同様に、独自の生きる目的や使命を持って生まれて来る存在です。神がそのように決めたのです。それ等は人間の支配の客体ではありません。すべて神の所有物です。神に属する物に手を出して好き勝手にして良いというのは、余りにも不遜な考えではないですか。

同様に、たとえ安楽死の方法を採ったとしても、人間には動物の命を奪う権利はありません。命を奪う(召す)ことが出来るのは、創造主たる神のみです。造ることが出来ない者には、奪う権利も一切ありません。人間が動物の命を奪うことが出来るのは、唯一、「自分の身を守る」という動機を持って行為する時だけです。

貴女には、命を創造する能力があるのでしょうか。

ちなみに、いるかどうか分からない「神」の存在を前提に批判するの偏頗(へんぱ)な論であるとの再批判が予想されましょう。

確かに一理あります。しかし、ここでは「神は存在するか否か」という論争は避けましょう。私達人間は神の存在を感じることが出来ない余りにも未熟な存在ですので、「神は本当にいるのか、いないのか」などと考えても結論が出るわけがなく、意味がないですから。

神が本当にいるのかの結論は、肉体を脱いでみれば分かることですので、その時まで待ちましょう。お互い、そう遠い将来のことではないでしょうから……

それよりも、貴女は自動車保険や火災保険を掛けているでしょう。何故ですか。「将来何が起こるか分からないから、それに備えることには合理性がある」とお考えになっていらっしゃるからでしょう。それと同じことだとお考え下さい。

「神は存在する、霊の世界は存在する、死後の人生は存在する」と考えて現世を生きることには合理性が認められるのです。もし、そうではなかったとしても、それはそれで良いではないですか。逆に、もし、そうだったら、貴女はどうなさいますか。今まで散々、神の秩序を蔑ろにした人生を生きて来たとしたら……

それはちょうど、保険を掛けない状態で交通事故の加害者になったり、災害に遭遇したようなものでしょう。貴女は、長い長い死後の人生を、イエスが言うところの「裸の恥」を晒しながら生きて行くのでしょうか。
プロフィール

トリ足

Author:トリ足
とある県境の山の中に住む、製菓製パンを趣味とするヴィーガンです。
鴨、アヒルや鶏が好きです(食材としてではありません。念の為)。

一人でも多くの方に、畜産の残酷さを知って頂くことで、食生活やファッションを見直す切っ掛けになればと願っています。

どうぞ、よろしくお願い致します。

検索フォーム
カテゴリ
最新記事
   


にほんブログ村 その他ペットブログ 動物愛護(アニマルライツ)へ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク